西洋軍歌蒐集館戦史研究分室

マックス・フォン・シェンケンドルフ
(Max von Schenkendorf 1783-1817)

ドイツ・ナショナリズムの黎明を生きた愛国詩人

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 1783年12月11日、東プロイセンに生まれる。その6年後の1789年にはフランス革命が勃発し、シェンケンドルフは激動の時代と共に生きる事になる。

 1806年、王都ケーニヒスベルクの大学を卒業し官吏となる。この年、皇帝ナポレオンの遠征により神聖ローマ帝国が滅亡。反フランス感情の高揚とともに、ドイツ各地でナショナリズムが芽生え始めた。シェンケンドルフもその中で愛国心を育む。

 1807年、退官して雑誌「ヴェスタ」の編集者に就任。

 1813年、反ナポレオンの戦いであるライプツィヒの戦いに志願兵として参加。この戦いでプロイセンを中心とする同盟軍はフランスを撃破してナポレオンを失脚させた。

 これららドイツ独立運動への参加から、シェンケンドルフは幾つかの愛国詩を書き残した。例えば1813年の「余の想ふ自由よ」、1814年の「縦ひ全てが背くとも」などがそうである。前者における「自由」とはフランスからの自由を強く意味していたのだろう。後者はドイツへの忠誠を訴えかける内容で、のち第三帝国時代には「親衛隊の歌」として流用された。後者はもともと伝統的な曲であり、現在はオランダの国歌の旋律にも用いられているものである。

 1817年、フランス国境に近いコープレンツの町で死去。現代もコープレンツにはシェンケンドルフの墓が残されている。

A.U.C.2759年12月2日更新

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<参考関連文献>
Max von Schenkendorf(独語Wikipedia)

Wenn alle untreu werden

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