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癈 人 日 乘
2666年7〜9月 過去ログ

コメントなどあれば掲示板にでも。

 

2759年9月27日 言語の喚起するイマージュの差異についての考察 〜西洋人の名前の音写における「ツル」と「トゥル」の差異の検討を中心に〜

 本屋を徘徊していたら偶然『初恋』(ツルゲーネフ)の新訳をみつけました。主人公の少年が、初恋の相手の少女に心のうちを見透かされておちょくられた挙句に、実はその少女が自分の父親と関係している事が判明するというイヤな内容の小説だったかと思います。寝取られ(NTR)ですな。まあそれは擱くとして、今回気になったのは邦題と著者名の片仮名表記。

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 『初恋』の旧来の訳は新潮文庫に収められていて、そこでは邦題『はつ恋』、著者名は「ツルゲーネフ」。今回見つけた新訳は邦題『初恋』、著者名は「トゥルゲーネフ」となっています。

 「初恋」、つまり始めて異性に慾情する事を上手く言い包めたこの言葉はいつから日本語として定着したのでしょうか。旧訳は戦後しばらくしてからの出版だそうですが、その頃はまだ「初恋」という言葉が人口に膾炙しておらずそれ故「しょれん」なんて読まれるのを怖れて、わざと平仮名と混ぜて表記したのかも知れません。それとも既に普及しており、その中で敢えて差異化するために「はつ恋」と表記したのでしょうか。「Первая любовь」というロシア語に起因するとも思えませんし。個人的に旧訳をはじめてみた時に何故平仮名まじりなのか疑問を持ったものでした。

 これが訳者の工夫だとしたら面白い試みですね。題名を印象付けるのは重要ですから。今回の新訳では残念ながら消えてしまっていますが。新訳で変わった題名といえば、同じシリーズから出ていたバタイユの『目玉の話』もそうです。旧訳は『眼球譚』でした。要するに「目玉の話」なんですけど、あんまり簡単にしすぎるのはどうでしょうか。題名ですから、ちょっと引っかかる名前の方が良いと個人的には思うのです。それにこれエロい話なのでややこしい漢字の方があってるんじゃないかと。栽尾!親嘴!肥後芋茎!みたいな。

 同じシリーズではないですが、ニーチェの「Also Sprach Zarathustra」の邦題も『ツァラトゥストラかく語りき』から『ツァラトゥストラはこう言った』にその昔変わったようです。この本を題材にしたシュトラウス(「オリンピア頌歌」作曲した人でもある)のクラシック曲の邦題では「〜かく語りき」の儘なんでややこしい。勿論『光炎菩薩大獅子吼経』(昔「ツァラ」のこんな訳があったらしい。ていうか「お経」?)なんかはやりすぎだと思いますけど、ていうよりどう考えても暴走ですが、題は文語にした方が様になってるんじゃないですか。文語文化の消滅を憂う・・・なんて気は更々ないですけど、趣味者としては面白くないわけです。題名の短い言葉をいかに訳出して印象付けるかって訳者の業の見せ所なのでは。最近すっかり聖林製映画の邦題を片仮名の音写で済ませることが跳梁跋扈してますが、ああいう惨状だけは勘弁願いたいです。

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 なんか前半で長くなりすぎました。話題の中心にしたかったのは後半の著者名の片仮名表記です。ここで再びNTR系小説『初恋』の話題に戻るんですが、以前の訳は著者名が「ツルゲーネフ」で、新訳では「トゥルゲーネフ」でした。露語では「Тургенев」。

 私の頭ではずっと「ツル」だったので「トゥル」と見た時はちょっと衝撃だったのです。そんな事ありませんか。「イェルサレム」とか「アジヤ」とか「ソヴィエット」とか。一文字の違いで時代を感じる瞬間。それだけかよって感じかもしれませんが、私の脳内では「ツル」と「トゥル」の差は「鶴屋さん」と「トゥルーラブストーリー」ぐらいの差があったのです。・・・お前これが言いたかっただけだろなどとのご指摘はご容赦を。ちなみにTLSでは2が一番・・・ってそんなこと訊いてませんか。まあ兎にも角にも書店での衝撃から、帰宅して露語の原題をチェックして納得した次第。トゥルゲーニェフって感じでしょうかね。露語は。

 ここでいきなり脈絡もなく飛ぶんですが、我らがルンペン伍長閣下、「Adolf Hitler」もいろいろな表記が錯綜しています・・・と本題にやっと辿り着き始めました。現代の音写の基準に照らせば「アードルフ・ヒトラー」とでもなるでしょうか。一般的なのは「アドルフ・ヒトラー」、戦前は「アドルフ・ヒットラー」が圧倒的でした。「ヒットレル」なんてのもあったらしい。どれが正しいというわけではないですけど、時代毎に音写の基準が変わっているのがわかります。

 6号戦車「Tiger」も今だと「ティーガー」が一般的なものの、ちょっと古い基準だと「ティーゲル」となったりします。「r」の音写には意見がわかれるみたいですね。昔『カラマーゾフの兄弟』の訳だったかと思いますがそれを読んでいて、「ルーテル」という表記が出てきて誰だかわからなかった事があります。ルーデル閣下の親戚?みたいな。これは「Luther」で要するに「ルター」だったわけですが。この訳書では「モスクワ」も「モスクヴ」なんですよね。これは露語が原因でつまるところ「モスクヴァ」とやりかったのだろうと思います。なおまことに蛇足ながら、『カラマーゾフ』に出てくるリーザの性格はツンデレという事で宜しいのでしょうか。

 もっともドイツ人がいうところでは、「r」を余り巻き舌にすると(ドイツ人から見て)「外人っぽい」らしいので、少なくとも現代では「ヒトラー」「ティーガー」「ルター」が妥当なのかも知れません。

 このように現地の発音に倣ってきている一方で、「au」はドイツ語発音では「アオ」なのに、音写基準ではいまだに「アウ」だったりします。あうあう。先にあげた作曲家シュトラウス(Strauss)だってドイツ語に即せば「シュトラオス」になるわけですね。ナチ時代の行政区画「Gau」だって「ガウ」じゃなくて「ガオ」なのです。がお。がおのえらいひとはがおらいたーなんだお。おっおっおっ。

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 さて、いつもの如く話が迷走してきて落としどころに困っております。本当はもうひとつ指摘したかったんですが、上の話からのつなぎ方を忘れたので突拍子もなく書きます。例えば「我らがロンメル」の冒頭に在る「Wir sind das deutsche Afrikakorps」の「korps」の発音は「コープス」じゃなくて「コーア」です。ホントいきなりですけど。もともとフランス語由来なのでフランス語っぽい発音になるわけですね。「コープス」って読む事も不可能ではないですけど、この軍歌の音源を聴いてもわかるようにこれは「コーア」です。「Freikorps」も「フライ・コーア」ですし。

 ドイツ語の軍事用語って何気にフランス語由来が多いですね。「Kompanie」とか「Artillerie」とか「Pionier」とか。ナポレオンの影響でしょうか。それともフリードリヒ大王のフランス趣味?もっともこれら単語の場合、読みはドイツ風なんですけども。

 

2759年9月21日 宗教勧誘なんて死にやがれです!

 何故かよく私はアヤシイ宗教の勧誘を受けます。そして今日もまた道端でエンカウント。何故か・・・というか、風貌がいかにも病んでいるので勧誘は必然なのかもしれませんが。ていうか実際内面も病んでいるので、勧誘者の選別眼に感嘆するべきなのかも。まさに格好の標的ですよね。アハハ。・・・て今日はそういう話ではなくて、勧誘ウザイという話です。油断するとすぐ自虐。

 特に鬱陶しかったのは大学入った頃。勧誘者が大量に徘徊してる時期です。面倒な履修関係の説明を聞き終わって、「よし、アキバにいくか!」と意気揚々と大学から出たところで、ぬわっと押し寄せてくる病んだ方々。おまえらバイオハザードのゾンビか。しかもやたら馴れ馴れしい。「○学部4年の××です、よろしく」だとか、「名前なんていうの?なんていうの?」だとか、「友達できましたか?」とか。うるせぇ!余計なお世話だ!

 ていうかそもそもこういう勧誘に乗っかっちゃう人っているんですか?私はすでに全身全霊を秋葉原生まれの電子の妖精たちに捧げているので、何の魅力も感じませんでしたが。やっぱり人は群れたいんですかね。しかしパソコン一台あれば、そんなものは不要なのではないかと私はここに敢えて提起するものなのであります。

 勧誘といえば、私が入学した年はスーパーフリーなる如何わしい組織が複数の大学で跋扈していました。数ヵ月後跡形もなく潰滅しますが。いうまでもなく私は勧誘なぞ一切受けてません、当然の如く。いや、スーフリに勧誘されても困りますけど。でもどう勧誘してくるんですかね。・・・全然文句が思いつきません。あ、「彼女できましたか?」とかですか。うるせぇ!余計なおs(ry

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 えっと。まあ兎に角勧誘はウザイのです。入学して随分してからも受けてますし。秋葉原でもたまに変なのがいますよね。アンケート装って近付いてくるやつとか。「ファッションについてのアンケートです」とかいいつつ。「ふぁっしょん」ってあんた、ここアキバですよ?絶対なんかのあやしい勧誘だと思います。

 アキバの勧誘で思い出深いのは、少し前にソフやメッセの本店近くで「デートクラブ」の勧誘していたことです。勧誘というよりもチラシ配布だったかもしれませんが。内容は三次元の人とのデートを仲介するとか何とか。あの秋葉原でももっとも二次元コンプレックスな御仁が多そうなゾーンで、あんなもの配る神経が理解できません。新興宗教やスーフリより間抜けです。ていうかオタク舐めすぎ。

 まあこういう様々な手法を実地体験してきたお蔭か、今後も一生変な勧誘にはひっかかる事がなさそうです。特に私の世代は小学生の時にオウムの事件をみて、高校生のときに「みなさぁーーーん、最高ですかーーーーー!!」や「それが世界の定説です」などの電波を見ていますから、まず宗教には引っかからないんじゃないでしょうか。これでも引っかかる人は終ってますよね。もとより、電子の妖精に身命を捧げてるなんて公然と述べてる私はもっと終っていますが。

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腐海

 例のデートクラブのチラシはどっかに保存しておいたのですが(利用する為じゃなくてネタにする為です、勿論)、上のような状態で見つかるはずもなく。しかしこれはひどい。が発生する前に掃除しなくてはいけません。

 

2759年9月16日 ようつべ的軍歌世界

 今回は流行のyoutubeから軍歌系動画を紹介いたします。

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 ・もしも・・・日本が軍国化してアニメOPが軍歌になったら

 これは凄い。いきなり「CCさくら」で「愛国の花」が流れた瞬間、打ち抜かれました。(何) メジャーな軍歌を抑えつつ、マイナー曲も忘れない絶妙な選曲です。戦前録音に拘っているところもただならぬ力を感じます。映像とまったく同期していないのもありますが、それはそれで笑いどころなのでしょう。「轟沈」で「サザエさん」とか。あと、「ムーミン」で「兵隊さんよありがとう」はヤバすぎ。(笑)

 ひとつだけ指摘しておくと、「ラピュタ」で流れる軍歌は「進軍の歌」ではなく「続露営の歌」だと思います。「露営の歌」を当局のご都合にあわせて改作したやつですね。全然流行らなかったけど。たしか単品CDには収録されていない筈のレア録音です。アマゾンでも売ってなくて、直接コロムビアで通販する必要があります。(コロムビアによる曲目一覧)

 なお私は日本が軍国化じゃなくて総ヲタク化して、軍歌を曲に使っても政治屋連中が勘違いしないぐらい趣味本位文化が蔓延することを切に望んでおります次第。

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 ・Der heimliche Aufmarsch(隠密裏の行軍)

 ドイツの共産主義歌。当サイトでは意味を汲んで「ファシストの陰謀」と訳してます。陰謀っていうと最近なんか胡散臭いですけどね。「盗撮も痴漢もすべて政府の陰謀だ!」みたいな。私が引き篭もりなのもきっと政府の陰謀です。卒論が完成しないのも政府の陰謀です。

 そういえば先日メールをくださったフランスの方も、この曲がお気に入りだといってました。世界的に人気のある共産ソングなのかも知れません。私も良い曲だと思います。youtubeでは背景の画像が混沌としていますが、ネタですよね?コメント欄でマジレスしちゃってる痛い人たちもいますが。

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 最後ににおまけ。

 ・抜刀隊(+ナースコスプレ)

 「これに従うつわものは 天の許さぬ反逆を〜」。これはひどい。「抜刀隊」、「分列行進曲」、「扶桑歌」はそれぞれ別の曲だと指摘する気すら失せてきます。突っ込みどころは豊富ですが、とりあえず日本の軍歌界オワタ\(^o^)/

 

2759年9月13日 聖戦賛歌「大陸の黎明」

 「ヒトラー 最期の12日間」歴史家フェスト氏が死去(ヤフーニュース)

ヒトラー 最期の12日間」の原作者であるヨアヒム・フェスト氏が亡くなられたようです。件の映画は名作でしたね。ご冥福を。

 そういえばこの映画、以前「限定版」というオタクの心を擽る文句に連れられてDVD(スペシャル・エディション、DVD2枚組)を購入したのですが、近日「エクステンデッド・エディション」(DVD3枚組)なるものが販売されるそうです。いわく、「究極を超えた<終極BOX>!!」「劇場版に盛り込めなかった驚愕シーン30以上―戦慄のエクステンデッド・エディション!」だそうです。別の意味で私は戦慄しました。何このコーエー風PK商法。サーカス商法でもいいけど。

・・・・

 くそっ、何て世の中だ!

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 さて、以前から予告していた日本の軍歌紹介が完成したのでご報告を。「大陸の黎明」といいます。北原白秋作詞、山田耕筰作曲。解説ページにも書きましたが、神話のジャーゴンを使って支那事変を肯定するという、相当に電波な歌詞が魅力です。白秋先生の想像力はネ申レベル。文体は「海道東征」に近いですけど、内容のトンデモさでは比になりません。

 しかもこの曲、CDになっていて比較的簡単に耳に出来たりするのです。『山田耕筰の遺産(10)管弦楽曲』というCDに入っています。こういうCDは盲点でした。まさか軍歌の類が紛れ込んでいるとは。おかげで久しぶりの電波浴ができて大満足。ipodに入れて聴き捲くっております。

 山田耕筰は軍歌の作曲も大量にしているので、このシリーズのCDには耳慣れない軍歌(らしきもの)も散見されます。例えば『(9)映画音楽』に収録されている「北進日本の歌」「東京市民歌」「航空唱歌」などなど。「南進日本の歌」は有名ですけど、「北進」もあったんですね。案外なところに曲が隠れているものです。

 「大陸の黎明」は以前から昭和館で聴けましたが、今手元に入り万々歳。軍歌CDはこれからどんどん出なくなっていくでしょうけども、こういう全集などを隠れ蓑にして細々と余命を保っていくのでしょうか。

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 最後に前回の予告どおり、年数表示をローマ建国歴に変更しました。当分はこれでいきます。すぐまた飽きるかもしれませんが。なお今日9月13日はセカンド・インパクト発生の日ですね。今年で6周年。新しく製作されるらしい一連の映画が楽しみです。漫画の方ではシンジ君がカヲル君に襲われていたりしますが、映画はどんな風に再構築するのでしょうか。あのシュールなラストに納得のいく完結ができるのかは闇の中ですけど。

 

2666年9月10日 「皇紀」飽きた

 前の日記で予告した、日本の軍歌紹介はもう少しお待ちください。いま解説ページを構築していますので。

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 このサイトの更新履歴には今まで「皇紀」を使用して来ましたが、飽きてきたので変更しようかと考えています。固より「西暦」や「平成」は除外。そんな一般人でも使用するようなもの使っても意味ないですから。これまで「皇紀」にしていたのは、非日常的でこのような非常識サイトには相応しいというのと、私の個人的な神話趣味からです。

 で変更の為に色々暦を調査してみました。いろんなのがありますねえ。世界創造紀元やユダヤ暦だと現代は7000年代になるらしい。黄帝紀元や檀君紀元だと4000年代ですか。皇紀と一緒でみんな水増し大好き。逆に革命歴とかだと数値が少なくなりますけど。

 今の変更有力候補は「ローマ建国歴」です。anno urbis conditae/ab urbe condita=A.U.C. 今年は2759年(A.U.C.2759)に当たるみたい。数値の前につく言葉もそれほど鬱陶しくないですし、「皇紀」みたいに漢字がふたつどかっと置いてあるのとは別の印象を与えて新鮮。たぶんこれで決まりでしょうか。

 閲覧者の方にはそんな混乱はないかと思います。解説欄は利便性を優先して西暦で統一していますから何の影響もないですし。

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 というわけで、「皇紀」を使用していた記念に替歌でも。

「紀元二千七百年」

1.
ニートあふれる日本の
ヘタレの定め 身に受けて
我また無職 引きこもり
紀元は二千七百年
ああ 頽廃の鐘は鳴る

2.
職に就かずにパラサイト
テレビとネットに明け暮れて
糊口の術(すべ)は一(い)つもなく
紀元は二千七百年
ああ 首吊りの日は近し

3.
興るアジヤに唯一つ
衰退の道 突き進み
残る文化はアニメのみ
紀元は二千七百年
ああ 散々のこの国威

4.
尽きることなき妄想に
脳内 常に別世界
思わず出ずる独り言
紀元は二千七百年
ああ 瘋癲の幾月日

5.
現実逃避の旗の下
褒ジ(*)の微笑(えみ)に社稷捨て
刹那の快を糧と為す
紀元は二千七百年
ああ 熟爛の果は実る

*女へんに似。「女似」。

 以上。一粲に付してくださいまし。1番の原型は以前どこぞに投下したもの。

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 恒例、無気力本棚画像。今回は遠景で。分かりにくいですが、『アドルフに告ぐ』や『ローゼンメイデン』なんかが紛れ込んでいたりします。他にも何か書こうかと思ってましたけど、もういいや。(やる気なし)

 アルミ製の本棚は無骨ですが、大量に収納しても崩壊しないので安心です。依然、木製の棚に本などを限界荷重を超えて収納した結果、悲惨な結果になったことがありましたので。

 

2666年9月5日 メイドさんは彼女の異民族たちによって誹謗されて、さえも

 「聖なる 聖なる 聖なるかな」と賛美歌66番を脳内再生しながら我らがエルサレム・秋葉原へと出かけました。8月はほとんど外出してないので、久しぶりの自主的な遠征です。暑い中よく頑張った!感動した!

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 さてそのアキバへの途上で、我々とは別の意味で痛い人たちを見かけました。一部の人に分かり易い表現をすれば「DQN」な方々。電車車内で「オタクキメェwwwww」「メイドとかありえないんだけどwwwww」などとステロタイプなアキバの話題で大盛りされておられました。

 今どき、メイドコス程度でこんなウブな反応ができるなんて羨ましいです。私なぞすっかりアキバの非日常性に毒されて、コスプレな方が徘徊していても何とも思いませんので。私も電気街にメイドさんが出没し始めた頃は驚いたものです、それなりに。ただ、メイド喫茶に出入りしたり、チラシ配りに何度も出くわしたり、メイド服のまま裏通りでダルそうに携帯電話打ちながら煙草吹かしているメイドさんの中の人を見たりするうちに、完全に感覚が麻痺してしまいました。最近では巡回中の警官をコスプレかと一瞬錯覚したりします。重症です。

 何でもそうですが、ハジメテの感動や驚嘆をいつまでも保持できる人は人生が凄く楽しいんだろうと思います。「初心忘るべからず」デスネ。という感じで、実はきっとツンデレなDQNな方々の会話から世阿弥の格言に辿り着いたところで電気街に降り立ちました。今日も妄想絶好調☆

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 で以上のような事情もあり、今回の電気街行ではチラシをいつもより多めにいただいて参りました。それを今ひとつひとつみていたのですが、次々に新しい店舗が出来ているみたいです。しかし、なんでこんな局所的な趣向向けの喫茶店や料理店が増えてるんでしょうか。「萌え」需要を当て込んだ、若手起業家の方々が参入して来たんでしょうか。我こそはアキバ発のホリエモンたらん、と。

 しかし個人的な経験からすると、メイド系店舗の料金体系は風評や外聞、並びに来店客の荒んだ心の中とは違って極めて良心的なので、そんな利益はあがらないと思うのです。金融の勉強して株でもやった方が絶対良いかと。もっとも、某ライブドアも以前エロゲーを販売して利益をあげたという黒歴史を持っていたりするので、オタク系業界も多少カネにはなるのかもしれません。それに優る社会的不名誉も付属してきますが。なおまことに蛇足ながら、そのエロゲーの題には「メイドさん」とかいう言葉があったかと記録しております。まさに神出鬼没の「メイドさん」。

 ここからライブドアが球界に参入する際に堂々と障害になったこのゲームについて長々と語ってもいいのですが、だるくなってきたのでこれで止めます。知的好奇心に満ち満ちた同胞諸賢はウィキペディアの該当ベージでもご覧下さい。しぃしー。

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 ・・・という風に今日も今日とて読んで損するだけの日記がまもなく閉幕するわけですが、最後に次回の予告でも。実はこのたび、大変面白い日本の軍歌を入手いたしました。おそらく、ほとんど知られていないものではないかと思います。しかも内容が管理人の好みなので、次回はこの軍歌を紹介する予定です。請うご期待!

 

2666年9月1日 ワタシ・・・饅頭じゃありません・・・

 題はもみじ饅頭を食べてて衝動的に思い付いたのを書いただけなので特に意味はありません。・・・ホントですよ?

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 今日は部屋の整理。特に増え続けているプリント類をファイリングする作業に追われてました。このままだと部屋が腐海に没してしまうぐらい危機的状況でしたので。

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 軍歌や演説は大学の授業中とか、余った時間に気が向いたら訳すので常にプリントして幾つか携帯するようにしています。山手線や地下鉄の車内で訳してた事もあったような。そして訳し終わった軍歌のプリント用紙は、溜まり溜まって上の写真のようにまで膨れ上がりました。・・・何枚あるんですかね、これ。

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 上のファイルの中身はこうなっています。きたないです。(笑) こうして手で書いた訳文を、これも気が向いた時にパソコンで打ち込んで、この痛いサイトが作り上げられいるわけです。

 訳す時、辞書があまり引けない状況だと訳文の正確さも落ちるというダメな翻訳作業環境ですが。あと、授業が終わりそうになると無理やりまとめちゃうとか。以上、誰も知りたくもないサイトの裏側情報でした。

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 読書メモ。

ヴィクトリア朝のアリスたち―ルイス・キャロル写真集
ヴィクトリア朝のアリスたち―ルイス・キャロル写真集

 『不思議の国のアリス』著者として有名なルイス・キャロル(本名:チャールズ・ドジソン、オックスフォード大教授)は実はロリコンだった・・・というのは、有名な事実です。趣味は少女の写真を撮って集める事。少女たちに自分好みのポーズを取らせたり、コスプレさせたり、挙句に裸にして写真撮ったりとドジソン先生大暴走。今だと確実に児童ポルノ法でお縄がかかる変態さんです。

 特にドジソン先生はアリス・リデルという少女がお気に入りでした。彼女は『不思議の国のアリス』のモデルとなった少女です。この本をみると、アレクサンドラ・キッチンという少女もお気に入りだったようです。こちらは長髪の美少女、といった出で立ち。ドジソン先生、いい目をしてます。

 「「いい写真をとりたければ、クシー[アレクサンドラの愛称]をカメラの前に置きさえすればいい」とは、当時のキャロルの口ぐせだった。」(p27)

 この本はドジソン先生の撮った良家のお嬢様の写真だけでなく、同時代の下層社会の少女売春婦の写真なども収められていて、ヴィクトリア朝の光と影が浮き彫りになる構造になっています。前者も後者も「アリス“たち”」というわけですか。そういう意味では、ただの「キャロル写真集」とは一味違った内容だと言えると思います。

 

2666年8月29日 攻むれば必ず失し、戦へば必ず敗く

 久しぶりに良いドイツ少女団のポスターを拾ったので掲載。「Deutsch sein, heißt treu sein!」。「ドイツ人であるとは忠実であることだ」という意味ですが、これでは余りにそのまま過ぎるので意訳する必要があります。「ドイツ人たるは、これすなわち忠実たることなり」は冗長すぎてダメ。大幅に意訳して、「ドイツの性(さが)は忠誠なり」とでもしましょうか。

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 ひさしぶりに読書メモ。


司馬遷 史記

 徳間から出てる『史記』。これは良い訳本です。現代語訳が凄く熟れていて読み易い。原文から外れない限りで上手く工夫されてる。更に原本の順序を入れ替える事で、予備知識がほとんどなくても歴史の流れが理解できるよう配慮されています。もちろん、時代背景の解説つき。またその上、漢文の原文と書き下しまで付いてる。

 『史記』は史書として高名である一方で、予備知識がないと読みにくいのでこの訳書の試みは良いですね。紀伝体はいわば人物別回想モードなので、現在訳する場合分かりやすい全体の見取り図は必須だと思います。こんな感じで、『漢書』以降も順次訳出してもらいたいものです。

 地味ですが、原文つきというのが個人的にはポイントでした。原文があると思わぬ発見があったりするのです。例えば、高祖本紀にある「戦必勝、攻必取、吾不如韓信。」(戦へば必ず勝ち、攻むれば必ず取るは、吾れ韓信に如かず。)という部分は、のち『日本書紀』の神武紀で「先是、皇軍攻必取、戦必勝。」(是より先、皇軍、攻むれば必ず取り、戦へば必ず勝つ。)の元ネタになったんだ、とか。

 またこの部分は『戦陣訓』冒頭の「夫れ戦陣は、大命に基き、皇軍の神髄を発揮し、攻むれば必ず取り、戦へば必ず勝ち、遍く皇道を宣布し、敵をして仰いで御稜威の尊厳を感銘せしむる処なり。」という箇所にも利用されています。語の順番からすると、『史記』→『日本書紀』→『戦陣訓』という影響関係があるのでしょう。

 だから何だって話なんですけど、私は元ネタ探しが好きなのでこういうのを発見すると部屋で独り欣喜雀躍します。全く無意味かつ無利益ですが、趣味なんてそんなものでしょう。

 

2666年8月24日 ハッピー☆漢字ライフ

 ・・・題名からして読む気が失せてきますが、私もいま上の題を書き込んで激しく書く気が失せてきております。何なんでしょうか、この脱力感は。はてさて、最後まで書ききれるか。そんな自作自演サバイバル、ここに開幕。

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 本日、家電量販店に寄った序でに、電子辞書を物色して来ました。いろいろなモデルが出てますね。日本の電子辞書生産能力は世界に冠たるだけあって、小さい筺体にこれでもかと大量のデータが収納されています。・・・といっても30、40冊入っていたところで使うのは所詮、2、3冊なわけですが。

 個人的には様々な言語の辞書を収録したタイプの辞書が欲しいのです。ソニーが英語、独語、仏語、伊語、西語、支那語、朝鮮語と7箇国語の辞書を収納した夢のような電子辞書を販売してますが、あれは動作がめちゃくちゃ遅い上に、伊語、西語の辞書が小規模すぎて使い物になりません。伊語辞書に「Duce」(ムッソリーニの称号)が載ってないってどういうことなのかしら!と電子辞書コーナーで叫びそうになりました。

 電子辞書界2強であるシャープとカシオは多言語モデルを販売してません。私のような変態向けのドマイナーな電子辞書なぞ作ってたら利益になりませんので、当然ですけど。あとから辞書を継ぎ足す端末もありますが、継ぎ足した辞書の動作は凄く遅いので、これも役立たず。逸般人の道程は険しいようです。

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 電子辞書といえば、『諸橋大漢和』は私が生きている内に電子化されるのでしょうか。OEDは電子化されているのに、世界最高峰の漢字辞典がそうではないというのはどうなんでしょう。難しい漢字なんか引けても役に立たない、ということでしょうか。まあその通りなんですけど。実生活における効用はゼロ。

 でも漢字の知識があるといろいろと人生が楽しくなるのですよ?例えば、某ゲームで名前が「遙」というキャラを見て、「「遙」は人名に使えない漢字だからこんな名前のキャラは有り得ない」と虚実を区別できないイタイ突っ込みを入れたりとか、「これからは「民」の時代だ」とかのたまう人物をテレビで見て、「「民」は本来逃亡しないよう盲にした奴隷のこと。つまり、これからは周りの見えない奴隷の時代ですか」と全く的外れな指摘をしてひとり悦に浸ったりとか、毎日がハッピーライフになります。超オススメ。

 という訳でもっと漢字について知るべきだと思います。漢字ヤバイ。マジヤバイ。

 あ、因みに去年ぐらいに人名用漢字の範囲が緩和されて、今では「遙」という名前が使用可能になっています。かくて今や日本の津々浦々で「遙」さんが次々誕生しているのでしょう。電話ボックスと優柔不断なヘタレ男に十分ご注意を。

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 さて、話が順調に迷走しはじめたところでいつものやる気なし写真晒しでオチのなさを誤魔化しておきます。

 世界でも有数に便利な場所に住んでいるのに、使うのは通販ばかり。これぞダメ人間。しかし一週間でこれだけ届くのはどうなのかと自分に問いたい。

 

2666年8月23日 るふぅ

 親戚が持ってきた数独の問題を解いてたら、妹に「また暗い趣味が増えた」といわれた管理人です。こんにちは。(挨拶)

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 今日は「ド・ゴールの演説」を訳出しました。占領下フランスの光の面ですね。もっともネクラが管理人をしている当サイトでは、フランスの闇の面であるヴィシー政府の「ペタン元帥を讃える歌」の方を先に訳していたりするのですが。

 ヴィシー政府といえば、日本で分厚い専門書が訳されていたみたいです。「ヴィシー時代のフランス―対独協力と国民革命1940‐1944」という本。書店で並んでいたのを見かけました。柏書房のパルマケイア叢書というシリーズのひとつらしい。パルマケイアっていうのは、ギリシア語で「薬」とも「毒」とも訳せるとかいうあやしい言葉のことですか。デリダが有名にしたんでしたっけ。まあどちらにせよ、こういう変な名前の叢書は大体長く続かないわけですが。「エピステーメ」とかね。

 それは兎も角、如何わしい名前に負けずにこの叢書、ナチヲタ向けな本がいっぱい訳されていて壮観です。例えば、

フェルキッシュ革命―ドイツ民族主義から反ユダヤ主義へ
理想郷としての第三帝国―ドイツ・ユートピア思想と大衆文化
日本浪曼派とナショナリズム
ナチズムの歴史思想―現代政治の理念と実践

 などなど、題名だけで買ってしまいそうです、私の場合。どれも高価ですけど。いかがわしい知識が増える上に資金まで減る、まさにパルマケイア。ちなみに最後の「ナチズムの歴史思想」は積読になってるので、いつか感想を書くかもしれません。ヒトラーやヒムラーの思想を、資料に基いて分析したドイツの博士論文の訳らしい。

 

2666年8月21日 507重戦車大隊、全速前進!

 「クライスト装甲集団の歌」の別版らしきものを発見しました。こちら。何と6番まであります。歌詞を見ると、バルカン半島やソヴィエトといった記述が・・・ という事は後になって付け加えられたものなのでしょうか。「日本陸軍」を藤田まさとが後年補作したみたいな感じで。それとも初めから歌詞が出来上がっていたとするならば、この軍歌の成立年代がだいぶ後半だったことになりますが・・・うーん。

 なお上掲のサイトは他にも戦車関連の珍しい軍歌の歌詞を多く掲載しているので一見する価値あり。「第507重戦車大隊ティーガーの歌」なんぞもあります。ティーガーは勿論、かの重戦車のこと。惜しむらくは音源のない事ですか。

 2.
 たとえ今、卑劣なる姦凶に
 祖国が恐怖で満ちるとも、
 帝国が勝利を収めるその日まで
 戦野にティーガーは咆哮す。

 搭乗せよ ティーガー乗員よ、
 507重戦車大隊 全速前進!
 いざロシアの広野を突き進め、
 勝利はすなわち我らにあり。

 他にもロンメル将軍の関連歌など希少曲満載。こういった歌詞なら今のドイツでも復刻できるんじゃないですかね。世界的に需要もあり、採算は取れると思うのですが。

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 海外軍歌の音源を整理。「軍歌2」は主にドイツとイタリア関連の収蔵庫です。まだファイルが2000もある・・・ とりあえず音源のURLみつけると片っ端からイリアに突っ込んで落としてるので凄まじい量になっていますが、その分だいぶ重複がある筈です。というより重複だらけです。

 で、整理した時にみつけた歌詞不明音源の中から面白そうなのを2つほど掲載しておきます。歌詞をお持ちの方は教えてくださると嬉しいです。

・「空の戦友」(Fliegerkameraden)

 空軍らしい軽快な軍歌です。エンジンの音つき。原題は「航空兵の戦友」ですが、「海の戦友」という軍歌もあるのでそれにあわせて「空の戦友」と訳出。

・「レオ・シュラーゲター行進曲」(Leo Schlageter Marsch)

 「シュラーゲター」って誰だよと思った貴方は今すぐ『わが闘争』を開くべし。(笑) 第一章に彼の名前が出てきます。邦訳の註によれば「1923年、フランスのルール地方占領のとき、工場破壊などで抵抗したドイツの狂信的国家主義者の一人」とのこと。調べてみると「フライ・コーア」に属していた人物らしいです。ナチ時代につくられた行進曲でしょうかね。私はこういう如何わしい曲大好き。なお、音源には歌唱がついています。

 

2666年8月20日 田園妄想曲

 日帰り旅行で撮った写真。人の代役で行かされ、やる気マイナス5000ぐらいでした。おまけに暑いし。ただ交通費その他は大量支給されたので、余った時間で少し某地方を徘徊してみました。上の写真は移り悪いですが、この建物は有名なのでわかりますかね。春にも行ったんですが、偶然近くを通ったので車待たせて一巡りしてきたのでした。

 それにしても、あの猛暑のなか冷房なしで売店の人たちはどうして平気なんでせうか。私には理解できませぬ。

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 ・・・田舎って冷房の利いた車の中から眺めるといいですね、いろいろと妄想が溢れてきます。アスファルトで舗装されていない道路萌え。田圃の畦道で戯れてる子供に萌え。こういうの見てると、田舎に対する変な幻想ができたりするのではないでしょうか。

 例えば田舎は都会と違って人間関係が濃厚で温かみがあるとか、人と人が顔見知りばかりなので犯罪が少なく礼節が保たれるとか、小さな駄菓子屋があってその自動販売機には謎の飲料が販売されているとか、意味不明な口癖をもった白痴少女が徘徊しているとか・・・って後半は幻想というより妄想ですか。

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 さて、突然ですがサイトのトップページを改装しました。ブログ風です。基本構造はスタイルシートじゃなくてテーブルというローテクさですけど。以前からもっとコンパクトにしたいと思っていたのですが、まとめてみると滅茶苦茶コンパクトになりすぎて焦りました。いかにコンテンツが乏しいかの証左です。

 で、解決策としてこの駄文をトップページに持ってくるという暴挙にでる事になりました。お蔭で以前よりもサイト構造が複雑になるというクダクダさ。もう直すのも面倒なのでこのまま発進。閲覧者の方々にはいやがらせのような構造となってしまったのでした。ご愁傷様でございます。

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 恒例、無気力本棚写真。講談社現代新書ってすこし前にデザインが変わりましたけど、この写真にある昔のデザインの方が個人的に好み。今のは統一性に欠けると思う。まあ講談社の新書は何でもありなので、今のような不統一なものの方が現実に沿っているのかもしれませんけど。

 上にあるのだと『神聖ローマ帝国』が良いですねえ。この時代の欧州の歴史はほんと複雑です。今日訳した「オイゲン公」も「Prinz」の称号の訳だけでだいぶ迷いました。結局「公」にしちゃいましたが、根本的に日本の五爵だけでは対応しきれない。日本の公爵から男爵までの五爵は周の爵位のパクりですが、もう2000年以上前のものですからシンプルすぎるのですね。誰か綺麗に爵位の訳語を統一して欲しいものです。

 

2666年8月17日 乙女の軍歌

 表題から滲み出ているように、この度の内容はいつもに輪をかけてキモく仕上がる予定ですのであらかじめご諒解ください。有毒です。一般人の方は不快になること請け合い。というより一般人の方はこんなサイト見ませんか。

 さて、事の発端は久しぶりに日本の軍歌でも聴いてみようかと思い立ったこと。しかしいまさら普通に聴いても面白くないので、テーマを「乙女」に絞って関連する戦時歌謡を聴いていくことにしました。この思い付きが既にして白痴のそれですが、案外にも多くの曲が該当します。何たって時代は萌えなのです。常人の批判なにかある。千万人と雖も吾往かん!いざ進め、悠久妄想の道。

 という訳で、以下は戦時歌謡の妄想レビューです。

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「乙女の戦士」

西条八十作詞、古関裕而作曲
収録CD:軍歌・戦時歌謡大全集4/戦時歌謡2

 映画『新女性連盟』の主題歌だそうです。何か女権拡張団体みたいな名称ですが、立派な戦時歌謡です。「諸悪の根源は男社会にあり!」みたいな歌詞は全くないのでご安心を。

 しかし歌詞は別の方向で迷走しています。そもそも「乙女の戦士」という題名から一抹の妄想へと誘なうフォースを感じますが、1番の歌詞を読む人は更に無限の妄想へと拉し去られることとなるのです。すなわち:

 さうして さうして
 うたふ乙女の 心の中にゃ
 誰も知らない 可愛い秘密

 「乙女の秘密」。この箇所を書いた時、詩人・西条八十の頭に何が去来したのかは闇の中ですが、平成のキモヲタたる不肖この私の頭に浮かんできたのは殆ど淫靡なものばかりで・・・いや、キモいのは分かってるんですが、これ以外何があるんですか。私の極度に偏った妄想世界では理解しかねるところです。或いは「実は未来人なんです」とか「情報統合思念体で・・・て妄想の開陳はこれぐらいにしておきますか。

 さうして さうして
 聴けるヲタクの 心の中にゃ
 言ふも悲惨な 汚濁の連鎖

 しかしこの歌詞が妄想を喚起するのは戦前昭和の乙女たちも同じであったようです。CD付属の解説に拠れば、解説者が昭和15年某女子寮でこの歌を歌唱指導したところ、

 「「うたう乙女の心の中にゃ 誰も知らない可愛い秘密」という歌詞のところで、寮生が期せずしていっせいに笑い出してしまった」

 そうです。解説者はさもこの事件が不思議であるように語っていますが、むしろ当たり前だと思います。現在、こんな歌を中学校で歌唱指導などしたら、その教師は一部の変態さんからの絶大な鑽仰を受ける一方で、ほぼ間違いなく悪の組織PTAから吊るし上げられます。解説者の方は色々とおおらかだった過去を惜しむべきかと思います。

 それは兎も角、西条大兄の頭におそらく何かが起きて出来てしまった歌詞を歌い上げるこの歌謡は、平成のヲタも昭和の乙女も共に斉しく妄想へと陥らしむる妖しいフォースを秘めていると指摘できるのであります。それと共に、平成のヲタと昭和の乙女との間における感性の共通性を喜ばしくも指摘したところで次の曲へ移りましょうか。

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「乙女の旅唄」

西条八十作詞、万城目 正作曲
収録CD:軍歌・戦時歌謡大全集 映画主題歌集 2

 またやってしまいました、西条八十大兄のお手になる乙女ソング第二段でございます。題名は無難で戦争色も感じられませんが、どうしてどうして、この曲は『米英撃滅の歌』という映画の挿入歌なのです。なので紛う方なき戦時歌謡。ちなみにこの映画、歌手・藤原義江に「米英撃滅の歌」という戦時歌謡を書いて送るといった内容です。要するに、人気歌手に不幸の手紙を送りつけるという内容ですね。

 さて曲そのものについてですが、私は歌詞の展開と音源の構成が相俟って出色の出来ではないかと思います。1番から3番までの歌詞は戦時下を匂わせる内容はあるものの、基本的に和語のみで構成された平和的で牧歌的な内容で、音源では三人の女性歌手たちがそれぞれ順にその歌詞を独唱しています。ここまでだと普通の歌謡曲として通じる事も、或いは可能だったかもしれません。しかしここで終らないのが戦時下乙女ソングのクオリティ。4番に入った途端いきなり合唱で、

 神代このかた 汚れぬ国と

 と暴走を開始します。この突然の暴走こそ、この曲の要諦であり肯綮だと思います。そして暴走は最後まで止むことがなく、

 乙女心よ 護るは今ぞ
 いざや勝ちぬけ 御戦さを

 といって曲を締めくくります。歌詞全体を見てもらえれば分かりますが、4番は内容も、そして言葉づかいも3番までとはかなり異なると指摘できます。言葉遣いでいえば、「汚れぬ」の「ぬ」とか、「護るは今ぞ」の「ぞ」とかで、3番までのたおやかな内容を切り刻むかのような強さを感じさせる言葉の選び方が挙げられるでしょう。これはわざと西条が気を引き締める為にやったのか、または本当はこんな歌詞つけたくなかったけどイヤイヤやりましたという示唆なのか、それとも天然なのかはわかりませんが、この辺の言葉づかいの巧みさは流石だと思います。

 個性が前面に出る独唱と平和的な歌詞から(1から3番)、協調が重視される合唱と戦時下の団結を訴える歌詞へ(4番)と移行するこの曲の構成は、まさに戦争を象徴するようなものではないでしょうか。セーラー服に竹槍という感じで萌えます(意味不明)。この不釣合いさが良いと思うわけですが、如何なものでしょう。

 ただ惜しむらくは、戦前の録音しかないということ。こういう女声歌唱の音源はぜひステレオ音源に復刻して欲しい。戦時下の歌謡曲復刻という企画はないのですか。なお個人的な脳内妄想では、歌っている3人は帝都から田舎に疎開している3姉妹という設定で、年齢は上から18、16、14歳。それぞれ外見はじめ、性格や趣味の詳細な設定も用意してあるのですが、書き出すと止まらないので割愛。

 ・・・今ふと気付いたんですが、こういう妄想を具現化してしまうと某国の「喜び組」みたいになるんでしょうか。全国から自分好みの美少女を集めて好きな曲を都合よく歌わせたりする集団(しかも全部国費で運営)。そして気に入った娘は権力を笠に着て寝取ると。なにその地上の楽園。

 というわけで、最後に平成のヲタと某国の独裁者との間における煩悩の共通性を図らずも指摘したところでこのキモいレビューを締めくくりたいと思います。予告どおりキモく仕上がって本人は極めて満足。実はもっと他の曲のも書くつもりだったのですが、いつの間にやら長くなったのでもうやめます。

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 思い出したかのように本棚ネタ。これは・・・小学生や中学生の時に買ったゲーム攻略本の類です。こんなものまで残してるから本棚が次々に増える訳ですね。

 

2666年8月15日 電波ゆんゆん。あなあはれ、楽しきかも、歓ばしきかも。

 昨日の帝都大停電で軍歌のデータ全部キエタ\(^o^)/ ・・・というのは嘘で、停電の時間は寝てたので何の被害もありませんでした。消えていたらいっそこの際、サイトごと消してしまうという快挙にも出れたのかも知れませんが、どうやらまだ当分存続しそうな勢いです、残念ながら。

 それにしても、遠隔地じゃないんですから帝都で停電とか勘弁して欲しいです。軍歌ぐらい消えても痛くないですが、卒論のデータとか消えたら泣きます。ホントに。でもコミケの期間じゃなくてよかったですね。ゆりかもめもりんかい線も停電の影響をもろに受けたようですので。

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 さて、今日は何とは無しに近くの書店に出かけたのですが、今盆休暇でしたか。滅茶苦茶人が多くて参りました。普段も物資調達は休日を避けて平日の人の少ない時間帯に行っていたので、この多さは驚き。早々に退散しました。秋葉まで行く予定だったのに転進するという落ちに。

 とはいえ、書店では収穫あり。

霊の真柱

 平田篤胤の『霊の真柱』が復刊されたようです。岩波GJ!という訳で早速買い。この本については以前要約をつくったのでそっちを見ていただけると内容がわかるかと思います。要するに、日本の神話解釈から、世界の成り立ちや皇国日本の優等性を導き出すという電波本です。・・・いや、私にはそう読めるというだけですけど。

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 岩波は、かなりの期間絶版だったものをいきなり復刊したりするから困惑します。復刊といえば、頼山陽の『日本外史』やウェルギリウスの『アエネイス』も暫く前から復刊させていました。それに伴い古書店での値段が暴落。古書店いじめか?(笑) この辺の本は値段が多少上がってもいいから常時揃えておいて欲しいものです。

 勿論、旧訳はある程度改訂した上での復刊ですが。戦前の旧字旧仮名のままで復刊するのは勘弁して下さい。岩波はいつから旧字旧仮名主義になったんですか。読みにくいとかいう以前に、手を抜き過ぎ。無気力すぎ。それに最近の研究成果が反映されてないというのも致命的。解説ぐらい新しいのつけて下さい。『神曲』の訳なんて嫌がらせにしか思えないんですが。戦前の名訳らしいんですけど、凄まじく読み難い。ああいうのはハードカバーの愛蔵版で販売して、文庫は新訳に変えた方がいいと思います。ホメロス叙事詩の改訂みたいに。

 まあそんな事はどうでもいいですか。では最後に『霊の真柱』から電波な箇所を引用しておきます。神話に基けば、外国は日本に対して臣従するのが理の当然だといっております。(笑)

 終には理の如く、千万の夷狄の酋長ども、残らず臣と称して、い這ひをろがみ帰命奉り、百八十船の棹梶干さず、満つらなめて貢物献り、畏み仕へ奉るべき理明らかなるものぞ。あなあはれ、楽しきかも、歓ばしきかも。

 あなあはれ、楽しきかも、歓ばしきかも。

 

2666年8月13日 久しぶりの和訳

 以前ここで紹介した日露戦争時のロシア軍歌「満州の丘に」を掲載しました。例によってよく判らない箇所は誤魔化していますが。

 歌詞に出てくる「高粱」(こうりゃん)というのは支那語で蜀黍のことで、満州の主要農産物のひとつです。満州や朝鮮を舞台にした日本の軍歌にもそのまま支那語で出てきますから、それに倣って「高粱」としておきました。

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 現在だらだらと訳しているのは、ド・ゴールの演説とドイツ軍歌「オイゲン公」あたりです。ド・ゴールの演説も訳出できるとほとんどの国の主要指導者の音源は揃いそうですね。あとはヨシフ同志だけですか。

 

2666年8月12日 決戦、第1新東京市

 ――天地魔妖ノ気、沛然トシテ有明ニ鍾ル。

 夏コミ開催中です。今日の昼頃は凄まじい雷雨でした。お蔭で気温は下がりましたが、相変わらずこの時期は異常気象に恵まれているようです。まさに嵐を呼ぶイベント。

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 さて、携帯電話すら不通になり、期間限定で伏魔殿と化す東京ビックサイト。かの異様な熱気に満ちた陸の孤島に滞在すると瘴気にでもあてられるのか、有明の魔窟から帝都の一般人エリアに帰着してもそのままコミケモードな人たちが多く見受けられます。

 例えばアニメ絵の紙袋を、隠すどころかまるで誇るように堂々と見せ付けながら闊歩する人とか。例えば「○○たん萌えwwwww」なぞと大声で話す集団とか。挙句に年齢制限のかかってる同人誌を電車の中で読み出す困った人とか。「われらこそはオタクであるぞ」と妖気を帯びつつ一般人エリアに大挙殺到する群れは、ある意味で壮観ではあります。呆然とこの集団を見つめている幼いお子様たちの視線がイタイ。「このひとたち何?」と質問された保護者の方々、ご愁傷様です。

 ・・・もっともそのお子様方の何パーセントかは数年後、まことに遺憾ながら目前の大きなお友達の仲間入りを果すわけですが。地方の方の場合、この時期になると普段部屋に引き篭もりがちの子供がある年を境にいきなり東京に旅立ったりするわけですね。摩訶不思議。

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檄!帝国華撃団全集

 SIEG様にメールで教えてもらったサクラ大戦の音楽CDです。主題歌「檄!帝国華撃団」の様々なバージョンをまとめて収録したCDなんですが、中に日本の方言(仙台弁、沖縄弁)版の他、ロシア語、フランス語、中国語、イタリア語、ドイツ語の各版が収められているのが面白いところです。という訳でさっそく買ってきました。

 ただ、聴いた限りこの各国語版は飽く迄お遊びといった感じに留まりますね。ライブ収録でしかも即興だったらしいので、歌詞カードがない上に一部発音に難あり。ですので、あまり期待しない方がよいかと思います。歌詞についてはネットで検索すれば有志による聴き取りがあるかも知れません。・・・ちなみにイタリア語の台詞によれば「帝国華撃団」は男性名詞のようです。

 それにしても、懐かしいですね。特に初代のものとかは。さっそく妹君より拝受したipodに転送しておきました。(笑)

 

2666年8月10日 ネオナチの音楽

 ネオナチや白人至上主義者たちの煽動音楽の音源を見つけましたので、ご参考までに紹介いたします。直接リンクは避けたいので、URLをコピペして下さい。

ttp://www.tightrope.cc/mp3page.htm

  幾つかお聴きになればわかるように、ナチの軍歌やプロパガンダ曲とは音楽の質を全く異にします。こういうのなんていうんですか、ロックですか?電車の中で蛮族が漏れるほどの大音響で聴いてるようなやつです。正直私はあんまりこういう音楽好きになれません・・・歌詞の内容は別にして、ジャンルとしてダメなのです。もっとも、軍歌やプロパガンダ曲なんかも碌な音楽ジャンルではありませんけど。

 それは兎も角、これを聴くとヘスがネオナチ嫌ってたのも判るような気もします。ナチの価値観からすれば、これは完全な頽廃芸術でしょうから。まあしかし、こういう音楽垂れ流している限り、ネオナチなんぞが政治の主流になる可能性はゼロでしょうね。

 

2666年8月9日 廃人サマーデイズ/皇国海軍の継承者

 妹にipodもらいました。妹といっても、脳内でもなければ二次元でもなくまして義理でもない三次元の攻略不能な実妹です。兄と違って着々と真人間コースをお進み遊ばされている異空間の住民様でございます。で、そのご本人様いわく、「新しいの買ったからやる」との事。拝受したのはipod nanoでした。即座に「ipod、なの!」とか意味不明なネタを思いついて一人で喜ぶ兄は本気でかなりキモいと思います。

 しかしキモいのは熟知しているのですからさっさと去ればいいものを、「兄ちゃんもアルバイトぐらいしろよ」とか「どうせアニメの歌とか入れるんでしょ」とか「流行モノなんか全然似合わない」とかなどと波状攻撃を仕掛けてくるのは止めて欲しいです。すべて正鵠を射ているので返す言葉もないわけですが。もう完全な受身。攻めと受けの見本図。

 いっそ「アニソンよりもエロゲソングの方が多いぜ!」いってやろうかと思いましたが、そんなこと言った日には即座に死亡ENDフラグがたって人生が終了する為、沈黙して耐えるしかないのです。堪ヘ難キヲ堪ヘ忍ヒ難キヲ忍ヒ・・・ ああ聖勅こそ畏こけれ。もうすでに人生終ってるじゃんというご指摘は勘弁してください。

 とはいえ何も言わないのも癪だったのでボソボソ言い訳したら、「大体4年なのになんで就活してないの?ニートとかキモいからまじやめて」とのカウンター・アタック炸裂。まさにこれは「つうこんのいちげき」。はた何をか返す言葉あらんや。一発必中敵艦轟沈でございます。帝国海軍の精神はめぐりめぐって我が妹君のうちに顕現しているのでした。東郷元帥も泉下でさぞお喜びのことと存じます。大日本帝国海軍バンザイ。


御下賜品

 さて、畏れ多くも妹君からはipodを下賜され、しかも「どうせアニメの歌とか入れるんでしょ」というお言葉まで忝くしたので、ここは恭しく聖旨を奉戴して、不肖キモヲタの愚兄も駑鈍を尽くして御意に添い奉らんと必要なソフトをインストールしつつ、試みにHDD内の音源を転送し、かくて着々とipodをキモヲタ色に染め上げていくことにしました。そんな大学4年の夏。

 しかし、部屋からほとんど出ないのに携帯音楽再生機なんて役に立つんでしょうか。・・・余り深くは考えないことにします。

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 さて最後にまた本棚の写真でも。

 最近こればっかりですね。まさに莫迦の一つ覚え。

 ずらっと並んでるのは『帝都物語』。帝都東京を舞台に、霊術をもって帝都を破壊しようとする「まつろはぬもの」の末裔・加藤保憲と、それに対抗して帝都を護ろうとする人々の話。サクラ大戦の元ネタです。たぶん。時間幅は戦前に限らず、戦後まで続くのですが。

 その右は・・・順に『東條英機と天皇の時代』、『海軍航空隊始末記』(源田実著)、『ナチス突撃隊』。

 

2666年8月6日 ある晴れた日のこと

 暑すぎ。なにこれ。この調子だと夏コミは悲惨な環境になりそうです。冬コミも過酷ですが、夏は会場の冷房が利かないのでもっと悲惨。今まで死者が出てないのは奇跡ではないでしょうか。いやもとより、あんなところで死んだら死んでも死にきれませんが。遺留品は大量の二次元エロ同人誌。挙句にマスコミで「被害者」と称して氏名を晒しあげ。遺族も浮かばれません。確実に自縛霊とかになれそうです。

 私は行きませんが、行かれる方はどうぞご自愛を。

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 写り悪いですが、日本で「仮想戦記」というジャンルを定着させた一功労者ともいうべき『紺碧の艦隊』シリーズです。左隣はその姉妹編である『旭日の艦隊』。いろいろ毀誉褒貶はあるんですけどね。途中から戦争無視してひたすら政治トークになったりとか、江戸時代その他昔の人間が復活したりとか、アメリカがフリーメーソンに支配されてるとか電波を発し始めて。(笑) 挙句にドイツはソ連とアフリカの全域を占領した上に南米にまで進出したりするという大暴走ぶり。当然ロンドンなどは制圧済みです。

 しかし現実を無視してやたらと日本軍が強いのはこの時から仮想戦記共通のルールのようで、アメリカ軍だろうがドイツ軍だろうが、次から次へと艦船その他が撃破されてゆきます。たまに申し訳ない程度に負けもしますが、だいたいその後意趣返しのように何倍もの勝利を収めるのであまりバランスが取れていなかったりします。

 そんな本作ですが、写真のように私は全部読んだのでした。「新」と冠した続編は読んでませんけど。個人的に本編よりも巻末にある著者の読書ネタの方が面白かった気がする。何故か数10ページにわたる事もある謎の空間でしたねえ。奇書の類も紹介されていて、中学生の私の興味を引くこと少なからずでした。現在の雑食的な読書も幾分かこれに影響されているのかもしれません。

 現在は文庫サイズになって2冊分を1冊にまとめて販売されているようです。

紺碧の艦隊〈1〉運命の開戦・帝都初空襲   旭日の艦隊〈1〉超戦艦日本武尊出撃・日独戦艦対決

 

2666年8月4日 1日100単語憶えない奴はUntermenschだ、憶える奴はよく訓r(ry

 『もえたん』に3が出たらしい。

もえたん 3 ~Return of the Little Witch~

 『もえたん』の初回版は空前のヒットでした。大学の生協に平積みされてるわ、知り合いが次々に購入して勝ち誇って見せびらかすわ、なんか勢いに乗せられて私も買ってしまうわとほとんど怪奇現象。でも結構力の入っている作品ではありました。「美少女ゲーム」は「rosebud game」と訳すらしいとか、無駄な知識も増えましたし。

 初回版が出たのは私が大学1年の時。受験生だった時はこんなexcellentな単語帳などなかったのです。私はこれ使ってました。改訂されて内容ちょっと変わったらしいですけど、たぶんこれでいい筈。もえたんももうちょっと単語レベルがあがってくれれば実用に耐えるんですけど。ていうか誰も実用なんて考えてませんか。

 あー、ドイツ語版欲しい。キャラはドイツ少女団所属でお願いします。

 

2666年8月3日 Heil mein Bruder! ―ごきげんよう、お兄様!

 「毎日学校へも行きもしないで、内でごろごろして居やがって、遊ぶことばかり考えて居やがる。何処の国にそんな大学生があるもんか。」

谷崎潤一郎「異端者の悲しみ」(『刺青・秘密』収録)より

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 「Heil」という言葉を聞くとヒゲの伍長を即座に思い浮かべてしまうのが哀しきナチヲタの性というものですが、この言葉は本来は「幸福」だとか「健康」、「安寧」などを意味する一般的な名詞なので全然ナチとは関係ありません。挨拶で使うとどうしてもナチっぽいと思われてしまうようですが、それ以外でなら普通の言葉として通用している筈です。

 この「Heil」を否定して「Unheil」とすると、「災い」といった意味になります。「Heil」に比べると使用頻度は低いようですが。ナチスの為にドイツを追われたユダヤ系亡命思想家、テオドール・アドルノとマックス・ホルクハイマーが戦時下に米国で著した『啓蒙の弁証法』という本のなかに、この「Unheil」という単語を使った有名な文句があります。

die vollends aufgeklärte Erde strahlt im Zeichen triumphalen Unheils.

 直訳すると、「完全に啓蒙された大地は、勝ち誇った災厄のしるしの下に輝いている」とでもなるでしょうか。要するに「ヨーロッパは世界でもっとも啓蒙された場所だったはずなのに、ナチスのような狂った思想に覆われてしまった」という事だろうと思います。『啓蒙の弁証法』の内容を端的にあらわす言葉としてよく引き合いに出される箇所です。

 ここの「Unheil」は「災厄」という意味であると同時に「Heil」を否定形にする事で、ナチス体制そのものへの揶揄にもなっているのでしょう。つまり、ナチ体制は「Heil」(幸福)を挨拶としておきながら、その実体は「Unheil」(災厄)である、と。

 さてこの「Unheil」という言葉に更に可能をあらわす「-bar」という接尾辞をつけると「unheilbar」という形容詞になります。これは「治療不能」とか「回復不能」といった意味になります。

 このサイトの痛さはunheilbar.

 管理人の痛さもunheilbar.

 という風に使うわけですね。Mein Leben ist verloren!

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 ああ、なんでこんな話をしたのかと最後に申しますと、先日今年受験生の親類に「英単語や古文の単語はがむしゃらに覚えるんじゃなくて意味を関連させて覚えた方が楽」みたいな事を私が言ったのです。その時に「Heil」の変化が思いついたという次第。例には出しませんでしたが、勿論。

 しかし結局がむしゃらに憶えるしかないような気もします。近くに常時単語の関連を教えられる人間がいればいいんですが、必ずしもそうではないので。それに、例えば英語の「diet」という名詞には「ダイエット」と「(帝国ドイツや日本の)国会」という両方の意味がある理由を、ラテン語や世界史の知識を駆使して説明したりする高校生というのはちょっとヤですし。

 

2666年7月27日 Die Regenzeit ist aus: INCIPIT TRAGOEDIA.

 文字ばっかだと味気ないので今日は画像つき。ていうかこんなところ更新してる暇があるなら軍歌訳せよという話ですが。


上からラテン語、ロシア語、古典ギリシャ語の辞書(英語)。
その下は英語の語源辞書。更にその下は伊日、仏日、独日の各辞書。

 フィンランド語の辞書や文法書探したんですが、いいのがないですね・・・文法書の方だと一般的な意味でよい本ならあるんですけど、私の欲しいものは名詞や動詞の変化一覧表がいきなり掲げられてて、注意事項が隅に細々と書かれているものなのです。挨拶の仕方とか、日常会話なんてどうでもいいんですよ、そんな事日本語でも碌にしないんですから。・・・こんな逸般人向けの文法書なんてないですか。

 辞書は上の写真に掲載したようなオックスフォードが出している英語のものを探したんですが見つからず。出てないんでしょうか。このシリーズは安くて(大体2000円から3000円ほど)便利なんですけど・・・日本語の辞書もあるものの高すぎ。大学書林の出してる辞書を両方向で2冊買うとPS3もびっくりな額になります。この出版社はいろんな言語の本だしてて面白いんですけどね、満州語の本なんてのもありますし。

 という訳でフィン語の翻訳はお預け。フィン語のサイト乍ら単語の文法分析をしてくれるサイトはあるんですが、ちょっと頻度の低い単語になると出てこなくなるので使えず。噫。

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 最近読んだ本とか。他にもあった気がしますけどまあいいや。読書メモ書くの面倒になったので写真で晒すだけで。ハルヒは以前わけのわからん感想書いた1冊目のあとの5冊。その下は順に

優生学と人間社会』(優生学を民族主義からのみ捉えるのではなく、もっと広い文脈から取り上げなおした本。「福祉大国」の裏の一面が垣間見れます)

デカルト=哲学のすすめ』(デカルトのコギトを「死にゆくもの」と解釈してデカルトを再読解。しかし正直よくわからんかったw)

カバラ』(ユダヤの神秘思想。超マニアック。固有名詞を理解する為に辞書必須。「ゾハル」の語源はここにあり)

地図で読む世界の歴史:ローマ帝国』(図版多くて良い。特に地図。「帝国」のみならずローマの全歴史を視野に収める。ビザンチンは例外ですけど)

 といった感じ。相変わらずの雑食。

 

2666年7月25日 ホルスト・ヴェッセルの思い出

 ・日本語版:ホルスト・ヴェッセルの歌?

 暫くすると「党歌斉唱、はじめ!」の掛け声と共にホルスト・ヴェッセルっぽい曲が流れ出します。なにこのアニメw しかも何故かハングルの字幕つき。

旗高く掲げ いざ道を開けよ
我ら突撃隊が 断固たる行進す

最後の闘いに 笛が鳴り渡る...

 歌詞もナチ党歌からの影響が顕著です。ていうかほとんどそのまま。製作陣の中に軍歌好きな人でもいたんじゃないでしょうか。まさか合唱で収録させてしまうとは。とはいえ、こういうところでネタとして用られるのが、現代日本における軍歌の唯一の在り処だと思います。

 そして、この歌を受けての登場人物のコメント。

 「役立たずがてめぇの無能を棚上げして愉快に生きようとしたら、あっという間にマーチ好きの馬鹿が一匹できやがる。」

 まったくご説の通りで。

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 ナチ党歌。私がまだネット初めて間もない中学生の時には軍歌サイトもそれほど充実しておらず、はじめて党歌の音源に辿りついた時は感激したものです。まさに黒歴史。ていうかあの頃って、ヤフーで「軍歌」と検索しても20サイトぐらいしかヒットしなかったような記憶があります。グーグルは誰も使ってなかったですし(まだ存在すらしてなかったのかも)、そもそも「ヤフー」を「ヤホー」って読んじゃう輩もいたご時世でした。ソフトバンクの株を買っておけば良かったと激しく後悔しております。

 今日IT企業として有名なところが駆け出しで必死にビジネスを成立させようと頑張っている時に、私はナチ党歌聴いて喜んでいたというわけですね。将来真っ暗でございます。さてあれから何年もたって実際ニートに向けて邁進中という闇黒人生を突き進むこの私ですが、何のめぐりか軍歌サイトの管理人なんぞをやっていてたまに思うのは、あまり簡単に音源に辿り着きすぎちゃうと感動も減るんじゃないかということです。どうなんでしょうか。今はほんとウェブで検索すればたいていの事がいとも易く出てきちゃいますから。別に年寄りの懐古趣味でいってるわけじゃ全然ないんですけど、この辺は中高生ぐらいの方に訊いて見たい気もします。

 

2666年7月21日 つきづきしくはあらねども ながくもがなとおもひけるかな

残酷な鳥肌実のテーゼ

日本の偉大な演説家

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 さて、最近たいへん喜ばしいことに涼しい日が続いているので、芸大でやってる「ルーブル美術館展」にいってきました。展示物は大理石の彫刻を中心とする古代ギリシャの遺品です。もとの素材が石とは思えない、柔らかい感じを与える像の数々が印象的でした。

 賢哲の肖像における顔の皺の表現なども面白いですが、一番記憶に残ったのは衣紋の表現の巧みさです。日本には例えば金属製や木製の仏像が大量にあって、そこで衣紋の表現を幾らでも見ることが出来ますが、このギリシャ像のような「柔らかさ」を視覚に端的に強く訴えかけてくるものはそれほどないように思います。東博にあるような大陸製の石仏と比較してもこの特徴は顕著です。ちなみに、これらギリシャの遺品は製作が紀元元年前後。その頃日本は・・・弥生時代ですか。唐土では漢王朝の頃ですね。

 で、展示物の中では特に「ゲネトリクスのヴィーナス」が良い。というかエロい。水を浴びて薄い衣服が肌にぴったりと張り付いて、体のラインが透けて見えている・・・というような像。もうひとつ有名な「アルルのヴィーナス」も来てました。これらは「ミロ」と違って全部欠けることなく現存しています。もともとはブルボン朝の御物だったとか。かつて太陽王も仰いだ像を、今極東のこの地で1000円で見れるというわけです。

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 昨日から突然スウェーデン語を勉強したくなってきたので、今度辞書や文法書を漁ってきます。その結果、武装親衛隊の歌の訳も日の目を見るかも。ウェブでちょっと調べたところ、ラテン語やロシア語みたいに単語が格変化するみたいですね。楽しみ。

 

2666年7月18日 戦友(とも)よ勇みて駒に乗れ

 こちらのページをご覧下さい。エロゲのサイトとかではないのでご安心を。リンク先のページの中段あたりに以前から海外軍歌CDとして紹介していた「リリー・マルレーン〜ドイツ名行進歌集」があります。どうやらあのCDはこの「行進曲大全集」の一枚だったようです。

 それはそれでいいとして、問題はそのひとつ下にある「戦友よ勇みて駒に乗れ」というCD。これも歌唱つきのCDみたいです。収録曲を転載させていただくと以下のようになります。

今日は乗船/さあ楽しい日々が来た/黄色い郵便馬車/1ヘラーと1バッツェン/銃士たちは陽気な兄弟/青き竜騎兵/辺境の荒野/垣根のバラ/故郷への道はるか/ベレーの羽根飾り/オイゲン公/エーデルヴァイス/予備役にゃ暇がある/一致団結の歌/失恋/シュレージア・リート(シュレージェンの歌)/空の王者/リッペ・デトモルト/我が祖国ドイツのために/海の戦友/ニーダーゼクセン・リート/連隊が通りを進む/アンスバッハの竜騎兵/(全24曲)

 なかなか面白い選曲だと思いませんか?有名なものとしては例えば当サイトでも訳出している「海の戦友」や「ブランデンブルクの荒野」(辺境の荒野)などがあります。「ニーダーザクセンの歌」、「いざ起て、アンスバッハの竜騎兵よ!」も訳出済みです。

 軍歌サイトの管理人として個人的に気になるのは音源もそうですが、やはり和訳です。といいますのも、「リリー・マルレーン〜ドイツ名行進歌集」には和訳付き歌詞カードがついていましたので当然こちらのCDにもついているのだと思います。とすると断然このCDの歌詞カードを見てみたい気になります。「リリー・マルレーン」収録の曲はそんな難解な歌詞の歌はありませんでしたが、このCDの場合古い軍歌が多く歌詞が難解です。

 例えば「オイゲン公」と訳されている軍歌は「Prinz Eugen」のことでしょうが、これは歌詞が難しくて和訳を放置中なため他の方の和訳は是非みてみたいところ。(ちなみにリンク先にはmp3がありまして、たぶんこれはこの「大全集」収録の音源だと思います。)

 その他表題になっている「戦友よ勇みて駒に乗れ」(良い訳!「戦友」を「とも」と読むと7・5になる)は「Wohlauf, Kameraden, aufs Pferd」かな。シラーの手になる歌詞でこれもなかなかの難物。「青き竜騎兵」は「ヒトラー ~最期の12日間~」でゲッベルスの子供たちが歌っていた曲のひとつですね。以上のように選曲は、個人的には「リリー・マルレーン」よりもこちらの方が好みの選曲です。

 曲自体はFZ-Verlagが出しているCDと重複が多く、またFZ-VerlagのCDのほうが歌唱番数が多くて優良なのでそれほど貴重だとは思いません。ただ国内で手に入る数少ない歌唱つきドイツ軍歌CDの第二段として是非単品売りして欲しいところです。和訳もみたいですし。

 ・・・個人的にはナチ時代の軍歌やプロパガンダ曲が一番好みですが。

 

2666年7月15日 ファミコンの日

 今日は「ファミコンの日」でございます。思い返せば遥かなり、時まさに西暦1983年7月15日、この日任天堂は其の名不朽に青史に燦たる「ファミリーコンピューター」を発売。以来今日に至るまで連綿、或いは学生をして学業を放擲せしめ、或いは壮丁をして糊口の業を閑却せしめ、また或いは悠々遠方の異人をして熱中長久、因りて泉下に降らしめたる曠古の家庭用ゲーム機の文化は、煌然と其の威容を万世に誇っているのであります。思い返すといっても、その年はまだ私は生まれていませんでしたが。

 しかも私の場合、「ファミコン」よりもSFCの方にお世話になっていたような。特にドラクエ・FFのPRGに。小学生の頃はまだ「SNES」などというあやしい略称も知らなかったので、普通にレベル上げなどという単純作業を反復して貴重な若い時代の時間を浪費しておりました。ゲーム脳バンザイ。そしてその余勢を駆って中学生でパソコンゲームに手を出し、廃人ルートまっしぐら。現代ダメ人間BADENDにむかって進撃中。後世の人たちもこうならないことをお祈り申し上げます。

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 さて主従関係が崩壊しつつありますが軍歌の話でも。日露戦争の時のロシア軍歌をみつけましたので紹介。

満州の丘の上

 sovmusicからなので知ってる方も多いかもしれません。本来なら訳して紹介しようと思ったんですが最近ダレてるのでそのままで。内容は戦争で斃れて満州の丘で眠っている戦友たちの前に復仇を誓う、といった感じです。たぶん。おそらく。

 日本で言うと「戦友」にあたるような歌でしょうか。暗いです。まあ皇帝が不凍港が欲しいとやらで、こんな東の果てまで連れて来られて戦争じゃあ兵士もやってられんという事かもしれませんけど。

 

2666年7月12日 ヘタリアおめでたう(遅)

 秋葉→上野→新宿と廻る予定だったのが、秋葉で挫折して帰宅。理由は暑いからというどうしようもない理由。いやな季節が到来か。もっとも、夕方になったらだいぶ涼しくなりましたが。

 神保町で古書も漁りたいんですが・・・秋までお預けでしょうか。それより積読になってる200冊を処理すべきか。夏には半分にまで減らしたい。

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 大学の友人から聞いたんですが、基督教系の私立の中高では朝や聖書の授業に『聖書』を一節ずつ生徒に読ませるらしい。それで変な箇所が当たったら朝っぱらから鬱になるとの事。例えば「汝、姦淫するなかれ」とか。確かにこれは朝からステキな気分になれそうです。姦淫。姦淫。

 しかしそうだとすると先日紹介したような、

  「どうかみなさん、乱暴なことはしないで下さい。実は、わたしにはまだ嫁がせていない娘が二人おります。皆さんにその娘たちを差し出しますから、好きなようにしてください」

 とかいう台詞も読まされるんでしょうか。このあとには娘の台詞で以下のようなものもあります。

 「この辺りには、世のしきたりに従って、わたしたちのところへ来てくれる男の人はいません。さあ、父にぶどう酒を飲ませ、床を共にし、父から子種を受けましょう」

 なかなかハード。朗読シーンのビデオが欲しい。とはいえ、友人いわく数ヶ月で慣れちゃってみんな適当に棒読みするだけになるそうで。ナンジ・カンイン・スルナカレ。チチカラ・コダネヲ・ウケマセウ。それはそれで(以下略)

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 最後にとってつけたかのように軍歌の話を。『意志の勝利』を適当に再生していて気付いたんですが、この映画はかなりマイナーな軍歌がBGMとして用いられています。例えば最初の方だけでも、

ドイツ人の祖国とは何ぞ
いざ闘争へ
突撃隊闘争歌
真金練り給ひし大神
アルデンヌの森

 などが演奏されています。党歌やヴァーグナーの曲はある程度わかるとして、この辺は軍歌ヲタでもないと気付かないのではないでしょうか。あの映画のBGMを詳しく調べるのも面白そうです。

 

2666年7月9日 読書メモ

 個人的なこと書きすぎるのはよくないですね、はい。

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 読書メモ。

歴史人口学で見た日本
歴史人口学で見た日本

 「歴史人口学」というのは、近代以前の不完全なデータをもとにして人々の動きを捉える学問とのこと。本書ではその歴史人口学の手法から、近世と近代の日本が分析されています。

 面白いのは江戸時代における歴史人口学の成果の具体例です。それによると、東海地方のある村では農民たちの半分以上が大都市に出稼ぎに出ている事がわかります。特に小作農にその傾向が強い(男で60%以上、女でなんと70%以上)。江戸時代の農民は一生その村からでない・・・などという先入観とはずいぶん懸け離れた実態がみえてきます。もちろんひとつの村の例なので全体にあてはめるには慎重さが必要ですが。

 江戸時代の研究はながらくマルクス主義的な視点から「江戸時代=農奴制=農民は土地に縛り付けられて貧窮」というイメージがまかり通っていました。最近は各方面でこういう視野に反駁が加えられています。この歴史人口学という学問もそういった新しい視点を提供する学問なのでしょう。ただ願わくは、これが今度は反動で「江戸時代は欧米にもまさる近代だ」みたいな思想の足軽とならざらんことを。

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厚生省の誕生―医療はファシズムをいかに推進したか
厚生省の誕生―医療はファシズムをいかに推進したか

 厚生省の設置は1938年、支那事変勃発の翌年です。設置の背景には戦争継続の為に「優良な」人口の増産・確保をしたいという国家の意思があった、というのが著者の主張。健康政策と国家主義が優生学を軸にして繋がっているという研究は、ナチスドイツを対象にしてすでに進捗していますが(例えば『健康帝国ナチス』など)、この本は日本におけるその一例を示すものです。

 たいへん面白い研究で個々の事例は参考になりますが、全体の視野の狭さを感じるところがあります。例えば「医療」が主題になり、題が「〜の誕生」で、「権力」が話題になっているならば、フーコーへの参照があってもよかった筈です(例えば『知への意志』とか)。本書はやたら「ファシズム」という言葉が連呼されて、これを優生学や人口増産、健康政策の根源としています。しかしフーコーにおいて明らかですが、そういう発想は近代国家には共通したものであって、ファシズムはその先鋭化だといえるのではないでしょうか。またこういう考えに著者が反対だったとしても、研究者として何らかの対応は必要でしょう。

 本書はいわば「左翼」的な観点に引き摺られ過ぎて、批判が「ファシズム」ばかりに向っているようです。それゆえに視野が狭い。個人的な信条についてとやかくいうつもりはありませんが、それが研究を狭めているならば問題です。研究対象は新しいのに、語り口はいかにも古い。それが全体を通じての印象でした。

 

2666年7月8日 華厳滝へGO!

 世間では北の将軍の早漏について議論紛糾のようですが、私は「あの、○○さん、僕死にたいんですけど」とかワケノワカラン相談をしてくる電波受信中の後輩や、「〈いぬたわけ〉ってどういう意味?」とか突然ヤバイコト訊いて来る親戚の子(中1女)とかのせいで生活が乱されております。特に前者は精神衛生上よろしくない。そういう相談は医者とかカウンセラーとかにして欲しいです。

 後者の「いぬたわけ」もなあ・・・一体どこでこういう情報仕入れるんでしょうか。年齢上そういう方面の知識が増えるのは当然として、中1でいきなりこれですか。同年であぶない同人誌あさってた自分が言えた口ではないですが。しかし「いぬたわけ」って犬との獣姦のことですよ、獣姦(何)。

 ちなみに「いぬたわけ」は『古事記』(仲哀記)に出てくる穢れの例のひとつでして、ほかにも「とりたわけ」(鶏)や「うまたわけ」(馬)、「うしたわけ」(牛)をはじめ、「おやこたわけ」(親子間の近親相姦)何ぞもあったりします。こんなに様々な表現があるところを見るに、当時としてはよくあった行為だったんでしょう。具体的にどのようにやるのかは闇の中。

 英語だと「獣姦」に当たるものに「sodomy」という言葉がありますが、これは「男色」も含みます。日本ほど詳細に言葉が分岐していないようです。それとも私が単語知らないだけでしょうか。この「sodomy」という言葉は旧約聖書に出てくるソドムの街に由来しています。『ラピュタ』にも「旧約聖書にあるソドムとゴモラを滅ぼした天の火だよ」という某大佐の台詞がありました。とはいえ、『聖書』読んでも獣姦や男色のシーンがあるわけじゃないんですが。

 「どうかみなさん、乱暴なことはしないで下さい。実は、わたしにはまだ嫁がせていない娘が二人おります。皆さんにその娘たちを差し出しますから、好きなようにしてください」

 って台詞があるぐらい。ここからどうやったら「獣姦」や「男色」といった内容が導き出せるのでしょうか。欧州の天地は複雑怪奇。なお結局この娘たちは無事でしたが、最終的に父親と交わって子供を儲けたりします。『聖書』もかなり混沌です。

 そういう系統の話だと、『古事記』(垂仁記)には実の兄と妹のアブナイ関係の話もありました。皇后になってる妹に「夫の天皇とお兄ちゃんとどっちが好き?」(「夫と兄といづれか愛しき」)とか尋ねる兄もかなりの電波ですが、事情はあれそれに「お兄ちゃんの方が好き」(「兄ぞ愛しき」)って即答する妹もどうかと思います。

 てなんか関係ない話が止まりそうにないのでこの辺で止めておきます。夏風邪にも罹るし、私もけっこう精神的にやばい状態かもしれません。愚痴でだらだら書いてたらシモネタまっしぐらになってる自分に鬱。

 

2666年7月4日 朕と爾の文語ワールド

 7月の帝都って毎年こんな涼しかったっけ?何年か前の夏コミの或る日のように異様に涼しいんですが。それとも冷房空間から冷房空間へと必死に私が渡り歩いてるから気付かないだけでしょうか。どちらにせよ、涼しいのは歓迎。今のうちに、見たい展示会とか廻っておかなければいけません。

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 文語の現代語訳で「朕」を「私」に、「爾」を「あなた」と訳すのは無理があるんじゃないかと思う。大体こういう訳をする人は文語で書かれたものを現代に復活させようだとか、復権しようとかしている人ですけど、そういう発想は兎も角として単純に訳として間違ってるんじゃないか。

 「朕」というのは始皇帝以来最高級の君主の一人称なのだから、近代的な、誰かわからない一人称の「私」では合わないでしょう。「朕」は「朕」としか訳せないし、無理しても「余」あたりが限界。

 また、「爾」(なんぢ)は同等以下の者に対する二人称です。まして「朕」との対比においては、明らかに格下の者を意味します。それを中立的な「あなた」では訳し切れていません。現代語では一般的に「お前」と訳されます。ただ「お前」はちょっと品がありません。なので「朕」の場合と同じようにそのままにしておくか、より一般的な漢字で「汝」とでもしておけばいいんじゃないかと思います。

 細かい事ですが、こういう簡単なところで勝手な飛躍をするともっと重要な箇所でとんでもない誤解をやらかす破目になります。また教育的配慮からより簡単な言葉を用いようという考えもあるでしょうが、「朕」や「汝」の言葉の意味合いを理解できないのであれば、その使われた背景も理解できず、結局現代語訳を読んでも内容を把握し得ないでしょう。

 ・・・要するに何が言いたいのかというと、政治的意図とか(場合によっては教育的配慮とか)で文章の内容を歪めるのは止めて欲しいという事です。特に前者は勘弁してください、ホント。

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 この前眠れないので輾転としながら『エヴァのフィルムブック』を見てました、懐かしさを噛み締めつつ。エヴァが放送されてた時、私は小学生でした。シンジ君より若かったのです。当時異様にブームになった本作のお蔭で、中学入学と共に級友とアニメイトに通うというダメ生活に突入してしまった不肖この私ですが、年をとってからみると、いい大人までも取り上げたがるような話でもあったのだと納得できます。

 例えばアニメ版の最後でひたすら自己と他者の関係に悩むところなんて、漱石などの近代小説の反復と読めないでもないです。近代化に伴う「個」の発生から生じた問題がこんなところにも顔を出している。『行人』に出てくる「兄」の悩みなんてそのまま通じそうではないですか。

 さて、あれから10年経って流行の最先端は「萌え」に。悩むよりも萌えて別世界に旅立て、という事でしょうか。近代以来の個の悩みが萌えで解決された、とかわけのわからない電波理論を思いついたあたりで寝たみたいなので後の記憶は抹消済み。

 

2666年7月2日 竹の園生

 私の行く先々のサイトで、「孔明の罠」が紹介されてる・・・ 確かにあれは「衝撃的」ですが、しかしああいうのもアリではないかと頭のおかしい私は思います。とりあえず、あの企画を考えた人の発想力は古えの孔明の神謀にも比すべきものかと(大袈裟)。

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 さて、サイト紹介。

旧宮家旧皇族写真館

 写真が一杯です。男子は軍服姿多し。しかし髷に西洋冠戴っけてるのはどうも・・・

 服装だけだといまいち暮らしぶりなどは分かり難いですが、邸宅などをみると少しぐらい感覚が掴めるかも知れません。宮家は戦前は帝都に広大な邸宅を構えていました。以下は有名な猪瀬直樹の『ミカドの肖像』からの引用。

北白川宮家:

 「住宅の建坪だけで654坪、別に3階建てで107坪(延べ248坪)の洋館の存在、土蔵が4棟、門番舎が3つ、植木職の休憩所、車庫などもある。正門、通用門、そしてりっぱな塀。その長さが445間(約800メートル。ただし住居部分のみ。庭園の部分は別)」

竹田宮家:

 「当時、家には、たくさんの使用人がいた。(略)全部で50人ほどにもなった。(略)こんな大世帯だったから家もずいぶん広かった。もううろ覚えになってしまったが、思い出しながら部屋数を数えてみるとなんと60室余になる。その中には数えてはいないが、便所だけでも10はあったろう。(略)」

 との事。なんか仮想現実みたいですね。かえって内実が把握しにくくなったかも。ちなみに戦前は無課税だったこれらの邸宅も、戦後の臣籍降下で課税対象になり、結局税金が払えずにすべて手放される事になります。ではその都心一等地の広大な土地の所有者は誰になったのか・・・実はそのほとんどが西武鉄道の所有地になって今はプリンスホテルが建っている・・・どうしてか・・・というのに迫ったのが引用元の『ミカドの肖像』という本の内容です。黒い話です。

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 読書メモ。

春画―片手で読む江戸の絵
春画―片手で読む江戸の絵

 春画、つまり江戸時代のエロい絵は、「美術品」としてよりも先ずポルノとして見るべし・・・というのが著者(英国人)の主張。副題の「片手で読む・・・」という言葉でもわかるように春画は「オカズ」だったんだ、という訳です。ここには春画を美術として理解してしまおうとしている日本美術界隈への強い反撥が窺い見れます。

 図版(全部無修正)も多いこの本、捲れば菱川師宣、鈴木春信、喜多川歌麿などの教科書にも載っているような著名浮世絵師の春画が次々に現れます。著者の主張を裏付けるように、その絵の内容もただの裸体図とかではなくて媾合の場面そのもの。言わば「教科書が教えない」美術史であって、この観点はたいへん面白い。

 後この本はあくまで文が主であって画集ではないというのは重要です(最近やたら画集が出てる)。絵だけだとどうしても素人は勝手な理解に流れますから。文章で言えば、近代とは異なったユニセックス的な江戸人の性感覚の記述も興味深い。勿論二次元から三次元のヰタ・セクスアリスを推し量るのは、著者もいうように危険ではありますが。兎に角もこの手の本は、このような学術系の本で読むのが一番です。

 

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