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紀元二千六百年奉頌
肇国聖地の歌
1940

作詞:北原白秋
作曲:瀬戸口藤吉

 

前知識

 皇紀2600年(1940年)にあわせて作られた神話関連曲のひとつ。歌詞は北原白秋の手になり、曲もつけられたそうですが詳細は不明です。一部の情報によると音源が現存しているそうです。

 内容としては1番で天孫降臨、2番で瓊瓊杵尊、3番で山幸彦と鵜葺草葺不合尊、4番で神武東征をそれぞれ歌っています。いわゆる「日向三代」が中心となっているといえるでしょう。

 

1.
襲の高千穂の雲蒼く、
悠久いまに幾千年、
[木患](*)触峯や皇孫の
天降りましけむ址とめて、
天つ磐境高々に
神籠祀るこの斎庭。
 げに霧島の霧ふかく、
 火はなほ尽きず神ながら。
襲=そ
千年=ちとせ
木患触峯=くじふるたけ
(*)木へんに患で一字
皇孫=すめみま
天降り=あもり
址=あと
磐境=いはさか
神籠=ひもろぎ
斎庭=ゆには 
神=かん
2.
かの韓国にい向ひて、
おほらに明き宮どころ、
朝日直刺し夕日照る
吾田の笠沙はさもあれど、
神にいまして現身の
可愛山稜の樟太樹。
 あゝとこしへに鎮もらず、
 瓊瓊杵尊、天つ日子。
韓国=からくに
直刺し=たださし
吾田=あた
現身=うつしみ
可愛山稜=えのみささぎ
樟太樹=くすふとき
瓊々杵尊=ににぎのみこと
3.
潮満つ瓊よわたつみの
八百路に通ふ春と秋、
鵜葺草も葺かず生れませる
若き尊ぞ日子波限、
音に高屋の松風や、
吾平の岩のこもり水。
 思へば遠し海山の
 幸豊足らす神の御代。
瓊=たま
八百路=やおぢ
鵜葺草=うがや
生れ=あれ
日子波限=ひこなぎさ
吾平=あいら
幸豊=さちとよ
4.
襲の高千穂の雲蒼く、
肇国すでに幾千年、
養長し、今こそと、
大御軍のいでましや、
天業の弥栄に
栄えてここに大やまと。
 げに神倭磐余彦、
 あゝ天皇の大御船。
肇国=はつくに
養=やしなひ
大御軍=おおみいくさ
天業=あまつひつぎ
神倭磐余彦=かむやまといはれひこ
天皇=すめらぎ

 

参考

 記紀に於ける記載箇所は次の通り。

古事記:上巻と中巻。神武東征以降は中巻。
日本書紀:神代下。神代下は天孫降臨から始まる。

 近代国家と神話の関連について以下のものなど。

高千穂幻想―「国家」を背負った風景
天孫降臨の謎―日本建国神話に隠された真実

 

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