行進歌 |
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音源 |
mp3 |
| 1. 敵は友軍の側面を衝かんとす。 然れば我ら、断崖絶壁越え カラワンケンの森抜けて サーウェとドラウの河へと突き進む! (繰り返し) |
1. Der Feind will bedroh'n unsere Flanken, Drum stoßen durch Fels und Verhau Wir vom Walde der Karawanken Hinab zur Save und Drau. Refrain: |
| (繰り返し) 我ら、勝利へ向け進み、 故郷ヨーロッパを浄化せん。 絶え間なき攻撃もて 英兵どもを跪かせようぞ! |
Refrain: Wir stürmen dem Siege entgegen und säubern Europas Haus und schlagen mit hämmernden Schlägen die Briten zum Lande hinaus |
| 2. 我らはバルカンの反逆者を討つ。 奴等こそ先の大戦の原因なれ。 甘言弄すイギリス諸共に 凱歌輝く戦いにて撃破せん! (繰り返し) |
2. Wir schlagen die Balkanverschwörer, Die einst schon den Weltkrieg entfacht Und die englischen Völkerbetörer Zusammen in siegreicher Schlacht. Refrain: |
| 3. たとい幾多の者ら血潮流すも 雄雄しき師は前進あるのみ。 アドリア海の岸辺へ、 碧のエーゲ海へと征き征かん! (繰り返し) |
3. Und mögen auch manche noch bluten dringt vorwärts das tapfere Heer zu der Adria schimmernden Fluten und zum blauen Ägäischen Meer Refrain: |
<備考> |
[1.曲について] ドイツ軍は瞬く間にユーゴもギリシアも制圧してしまう訳ですが、この作戦を実行していた結果としてソ連進攻開始時期がずれ込み、最終的に冬将軍による東部戦線での撤退を招くことになります。そういった意味で、やや地味ではあるものの、第二次大戦でのひとつのポイントとなる作戦だといえます。 この歌はそのバルカン半島制圧を歌ったものです。ところでこのギリシャへの遠征路は、1936年に開かれたベルリン五輪での聖火リレー・コースが用いられたという話があります。そもそも聖火リレーなんて始めたのは、このベルリン五輪が最初なんですね。この話が本当がどうかはしりませんが、本当だとすれば考えた人間は恐ろしく用意周到ですね。 <参考関連文献> - [2.訳について] - [3.音源情報] 皇紀2665年10月20日更新 |