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鉤十字の歌(Das Hakenkreuzlied)
分類:歌曲(Lied)、突撃隊闘争歌(SA-Kampflied)
1923

作詞:プファラー・オットカール・ケルンシュトック(Pfarrer Ottokar Kernstock
作曲:ハンス・ガンサー(Hans Gansser)PL・アレクサンダー・フィッツウム伯(Graf P. L. Alexander Vitzthum)

[訳文・解説] [原典・楽譜]

 

音源

mp3
1.
鉤十字は、紅蓮の表(おもて)
真白き地に著(しる)くありて
隈なく宇内に不羈として
朗らな報せを与ふ。
この徴の下に集へるは、
精魂、信念あるドイツ人ぞ。
ただ言葉もて集ふにあらず。
1.
Das Hakenkreuz im wei
ßen Feld
Auf feuerrotem Grunde
Gibt frei und offen aller Welt
Die frohgemute Kunde
Wer sich um dieses Zeichen schart
Ist deutsch mit Seele, Sinn und Art
|: Und nicht blo
ß mit dem Munde :|
2.
鉤十字は、紅蓮の表
真白き地に著くありて、
危難の秋に
民族の旗標と選ばれぬ。
熾しき疾苦に呻吟し
祖国は助けを求め叫べり。
そは比類なき死の痛み。
2.
Das Hakenkreuz im wei
ßen Feld
Auf feuerrotem Grunde
Zum Volksmal ward es auserw
ählt
In ernster Schicksalsstunde
Als unter Schmerzen hei
ß und tief
Das Vaterland um Hilfe rief
|: Das teure todeswunde :|
3.
鉤十字は、紅蓮の表
真白き地に著くありて、
我らに堂々の勇武を附与す。
団結は鼓舞され、
卑劣なる背信の徒は一人もなし。
我ら死と悪魔とを怖れず、
神の我らと共にあればなり。
3.
Das Hakenkreuz im wei
ßen Feld
Auf feuerrotem Grunde
Hat uns mit stolzem Mut beseelt
Es schl
ägt in unsrer Runde
Kein Herz, das feig die Treue bricht
Wir f
ürchten Tod und Teufel nicht
|: Mit uns ist Gott im Bunde :|

 

<備考>

[1.曲について]
 第一次世界大戦後、ドイツに併合されるまでオーストリアは共和制国家でした。そのオーストリアで1929年に制定された国歌「無窮に祝福あれ」(Sei gesegnet ohne Ende, 1920年作詞)の作詞者が、この「鉤十字の歌」の作詞者と同一人物だといわれると、多少驚きがあるのではないでしょうか。

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 作詞者オットカール・ケルンシュトック(1848-1928, 右写真)[1]はカトリックの司祭をする傍ら、詩才に恵まれ幾つもの詩をのこしました。その代表作のひとつが前述のオーストリア国歌です。この国歌は、帝政時代の国歌「神よ、皇帝フランツを護らせ給え」の譜にあわせて歌われました。つまり、現在のドイツ国歌と同じ旋律だった訳ですね。

 そしてこのケルンシュトックがのこした問題作が、ここに掲載した「鉤十字の歌」です。この詩は1923年、オーストリアとチェコのズデーテン地方で活動していた親ナチ組織「ドイツ国家社会主義労働者党」(DNSAP)に贈呈されたものでした。同党はこの歌を選挙戦に利用した為、ケルンシュトックはナチを嫌うカソリック関係者やキリスト教社会主義者から非難を受けます。

 これに対してケルンシュトックは、「鉤十字を掲げる者がもともと念頭においており、そして勇敢なドイツ人ならば誰もが同意して宣言するような、理想的な目標にあたいするもの」(das den idealen Zielen galt, die ursprünglich den Hakenkreuzlern vorschwebten und mit denen sich jeder brave Deutsche einverstanden erklären musste)を書いたに過ぎない、と弁解しています。要するに、ドイツ人として当たり前のことを書いただけで、別に過激な思想を闡明した訳ではない、という事でしょう。事実、ナチのプロパガンダにありがちな反ユダヤ的な色彩はありません。歌詞もよく読めば、ただ愛国的な精神を述べているだけだとわかります。

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 さて、ケルンシュトックは自身の詩が国歌に採用される前年の1928年にこの世を去ります。やがてその歌詞を採用した共和制オーストリアはドイツ第三帝国に併合され、国歌「無窮に祝福あれ」に代わって、この「鉤十字の歌」が大々的にプロパガンダに利用されてオーストリアに響き渡る事となります。泉下のケルンシュトックの思いはいかなるものだったのでしょうか。おそらく、後悔したと思いますが。

 おそらく彼は愛国心を持つ宗教人の一人だったのではないかと思います。彼には国家社会主義組織も愛国者の集団に見えたのでしょう。そこで、自身の歌詞を提供した、というところではないでしょうか。

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<脚注>
[1] Ottokar Kernstockについては独語版Wikipediaを参照(http://de.wikipedia.org/wiki/Ottokar_Kernstock)。そこから、Sei gesegnet ohne Endedas Hakenkreuzliedの情報を辿る事ができる。なお、Kernstockの国歌の前は、Deutschösterreich, du herrliches Landが国歌として使用されていた。

<参考関連文献>
ドイツ第三帝国 1番の邦訳あり
十字架とハーケンクロイツ 反ナチ教会闘争の思想史的研究

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[2.訳について]
 2番にwardという古語があるので、擬古文で訳すのが妥当でしょう。他のプロパガンダ曲に比べ、多彩な表現を用いている点にも注目できます。やや難渋な訳語を使いすぎた感もありますが。

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[3.音源情報]

・音源はmp3のみ。
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
指揮:フランツ・アルフレート・シュミット
歌唱:ゲアハルト・ヒュッシュ及び合唱
193347
Berliner Philharmoniker
Dirigent: Franz Alfred Schmidt
Gesang: Gerhard H
üsch und Chor
07.04.1933

 なんという豪華な陣容・・・

皇紀2665年6月19更新
2008年3月1日更新

 

[訳文・解説] [原典・楽譜]

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