あゝ我が戦友 |
作詞:ルードヴィヒ・ウーラント(Ludwig Uhland)、1809年 |
| 1. 我にひとりの戦友ありき。 彼は又となき益荒男。 いざ撃てとの合図に 戦友は傍らにありて 我と足並みを共にせり。 |
1. Ich hatt' einen Kameraden, Einen bessern findst du nit. Die Trommel schlug zum Streite, Er ging an meiner Seite |: In gleichem Schritt und Tritt. :| |
| 2. 飛び来たる銃弾の 狙ひは我か将た君か。 弾は戦友を貫き その体は足許に仆れぬ。 さも我が身のごとくに。 |
2. Eine Kugel kam geflogen: Gilt's mir oder gilt es dir? Ihn hat es weggerissen, Er liegt vor meinen Füßen |: Als wär's ein Stück von mir :| |
| 3. 戦友は尚手を掲げるも 我は弾を込むるのみ。 「手はやれぬぞ。 君は悠久の生に生きよ、 おゝ我が戦友よ!」 |
3. Will mir die Hand noch reichen, Derweil ich eben lad'. "Kann dir die Hand nicht geben, Bleib du im ew'gen Leben |: Mein guter Kamerad!" :| |
<備考> |
[1.曲について] 第二帝国成立以前につくられた曲ですが、第三帝国時代にも葬送曲としてよく演奏されていました。「意志の勝利」といった有名プロパガンダ映画でも耳に出来ます。また、同じ枢軸国であるフィンランドやスペインでも、歌詞を代えて歌われていました。 ヒンデンブルク大統領死去の際も演奏され、当時の日本の新聞でも「多数の来会者はルーテルの『神はわが城』を合唱し続いて故元帥の好んで口ずさんだ『イヒ・ハッテ・アイネン・カメラーデン』の軍歌奏楽とともに来会者一同が一斉に黙祷国歌吹奏裡に式を閉ぢた」とあります(『朝日新聞』、1934年8月8日朝刊11面)。ヒンデンブルク元帥が本当にこの歌を口ずさんでいたかどうかは謎です。 - 現在のドイツでは、学生歌としても歌われているようです。どんな場面でしょう・・・あ、ヲタ友達が脱ヲタした時か。私にはひとりの戦友がいた、されど今は去りぬ。あわれ、かなしや。 v [2.訳について] - [3.音源情報] ・芬蘭語。おそらく武装SSのフィンランド人部隊によるもの。題名は「Asevoikka」。 ・西語。フランコ時代につくられた替え歌。歌詞は以下の通り。 - EL CAMARADA Yo tenía un camarada. ¡Una bala, compañero! Hace un esfuerzo, y en vano, ¡Gloria! ¡Gloria! Nuestros cantos, que vuelan, 皇紀2665年11月8日更新 |