ラインの護り |
作詞:マックス・シュネッケンブルガー(Max Schneckenburger) |
[訳文・解説] [原典・楽譜] |
音源 |
mp3 |
| 1. その哮びは雷霆、怒涛の響き、 剣戟の鏗然と相撃つに似たり。 ラインへ、ドイツのラインへと、 大河の護りとならんとするは誰ぞ! (繰り返し) |
1. Es braust ein Ruf wie Donnerhall, Wie Schwertgeklirr und Wogenprall: Zum Rhein, zum Rhein, zum deutschen Rhein, Wer will des Stromes Hüter sein? Refrain: |
| (繰り返し) 愛する祖国よ、平穏なれ。 護りは磐石にして忠実なり、 ラインの護りは! |
Refrain: |:Lieb' Vaterland, magst ruhig sein, :| |:Fest steht und treu die Wacht, die Wacht am Rhein!:| |
| 2. 哮びに高鳴る千万の胸、 光彩放てる諸人の瞳。 ドイツの若人は篤信に剛毅、 克く御国の聖徴を護れり。 (繰り返し) |
2. Durch hunderttausend zuckt es schnell, Und aller Augen blitzen hell; Der deutsche Jüngling, fromm und stark, Beschirmt die heil'ge Landesmark. Refrain: |
| 3. 英霊の見そなはす 蒼空のあなたを仰ぎて、 若人は闘志堂々誓へり。 「ラインとこの身命は 万古ドイツのものぞ!」と。 (繰り返し) |
3. Er blickt hinauf in Himmels Au'n, Wo Heldengeister niederschau'n, Und schwört mit stolzer Kampfeslust: Du Rhein bleibst deutsch, wie meine Brust! Refrain: |
| 4. 血汐の一滴 燃え立つ限り、 拳の剣 掲ぐる限り、 腕に銃のある限り、 この渚を涜がす寇なし! (繰り返し) |
4. So lang ein Tropfen Blut noch glüht, Noch eine Faust den Degen zieht, Und noch ein Arm die Büchse spannt, Betritt kein Feind hier deinen Strand! Refrain: |
| 5. 仮ひ この躯は砕くとも 汝 為に西戎に下るはなし。 ラインに滔々 水は往き、 ドイツに勇士の鮮血は流れり。 (繰り返し) |
5. Und ob mein Herz im Tode bricht, Wirst du doch drum ein Welscher nicht, Reich, wie an Wasser deine Flut, Ist Deutschland ja an Heldenblut! Refrain: |
| 6. 誓言とどろと鯢波は畝る。 旌旗 飄々閃けり。 ラインへ、ドイツのラインへと、 我ら挙りて護りとならむ! (繰り返し) |
6. Der Schwur erschallt, die Woge rinnt, Die Fahnen flattern hoch im Wind: Zum Rhein, zum Rhein, zum deutschen Rhein, Wir alle wollen Hüter sein! Refrain: |
| 7. 不抜のラインに倣ひて、 御神を奉じ剣を執らむ。 聖寿万歳、暴戻を芟除せよ! 羶血もて かの恥辱をば雪げや! (繰り返し) |
7. So führe uns, du bist bewährt; In Gottvertrau'n greif' zu dem Schwert, Hoch Wilhelm! Nieder mit der Brut! Und tilg' die Schmach mit Feindesblut! Refrain: |
<備考> |
[1.曲について] - 作詞のきっかけは1839から翌年にかけて発生した「ライン危機」(Rheinkrise)です。ライン危機とは、当時のフランスがライン河まで国境を拡大しようと画策した事に対し、ドイツ側諸国が猛反発した事件をいいます。 そもそも、フランスには自然物によって国境を画定しようという考えがありました。フランスの場合、北は大西洋、西はピレネー山脈、南はアルプス山脈と、ほぼ自然物によって国境が決まっていた事もあり、おのずと残りの東側もライン河という自然の障害物を国境にしようと考えられるようになったようです。実際過去には、ナポレオンが戦争によってライン西岸をフランスに併合したこともあります。しかしナポレオンの敗戦後、再びライン周辺はドイツ側(プロイセン)の領土となり、ライン危機の際もプロイセンが統治していました。そこでフランスでは、ナポレオン時代のようにラインを国境線にしようという機運が高まっていたわけです。 - このようなフランスの動きに対し、ドイツ地域の愛国者たちは「ラインはドイツのものだ」と主張する文章や詩などを発表して抵抗の意をあらわしましたが、ビュッテンブルクの詩人マックス・シュネッケンブルガーもまた、ここに掲載する「ラインの護り」という詩をつくって愛国心の発揚に努めました。 詩が発表されたのが1840年で、翌1841年にカール・ヴィルヘルムが旋律をつけたことでドイツ中に伝播して歌われることになりました。シュネッケンブルガーのもともとの詩は上掲の1〜4、6番のみで、1870年に5番が追加され、第一次大戦に際して7番が追加されて、今のようなかたちになっています。 特に第二帝国時代には「皇帝陛下万歳」(Heil dir im Siegerkranz)と共に国歌としての地位を得、遠く日本でも『音楽雑誌』や『新体詩抄』で海外の愛国歌の代表として取り上げされるほど有名でした。 - この歌の題名が第二次世界大戦に際してドイツ国防軍の作戦名に使用された事も有名です。1944年に実施されたアルデンヌ攻勢に際して、ルントシュテット元帥はその作戦を「ラインの護り」作戦と名づけました。結果として国防軍は敗退しますが、広くドイツ国民一般にこの歌が流布していたことが窺えます。 二次大戦後は、独仏の関係が大幅に改善した事もあって、「ラインの護り」はほとんど歌われなくなったようです。 なおこの歌の旋律は、米国のイエール大学の校歌や、日本の同志社大学のカレッジソングに流用された他、同じく日本では「火砲の雷」という唱歌にもなりました。 <関連ページ> <参考関連文献> - [2.訳について] 日本語としての通りを優先してるので原文をやや無視してる箇所がありますが、許してください。ですからいつものように、訳注みたいなことは控えておきます。 - [3.音源情報] 皇紀2665年8月18日更新 |
[訳文・解説] [原典・楽譜] |