別れの磯千鳥 |
作詞:福山たか子(FUKUYAMA Takako) |
| 1. 逢うが別れの はじめとは 知らぬ私じゃ ないけれど 切なく残る この思い 知っているのは 磯千鳥 |
| 2. 泣いてくれるな そよ風よ 希望抱いた あの人に 晴れの笑顔が 何故悲し 沖のかもめも 涙声 |
| 3. 希望の船よ ドラの音に いとしあなたの 面影が はるか彼方に 消えて行く 青い空には 黒けむり |
<備考> |
[1.曲について] 第442部隊など日系人部隊の純粋な軍歌としては、他に「Four-Forty-Second Infantry」「Go for broke!」などといった有名なものが複数存在します。 とはいえ、この「別れの磯千鳥」は戦後になって日本の輸入されヒットし、複数の歌手が吹き込んだ結果、なんと21もの音盤が生産されました。その点、他の純粋な軍歌とは一線を画する曲だといえます。 - 作曲者のフランシスコ座波(ざなみ)は、本名座波(ざは)嘉一といい、沖縄出身の父母を持ち、ハワイに生れた日系二世でした。父はハワイで財を成した日系一世。 嘉一は日本の中学受験失敗など挫折を経て、音楽家の道を志し、アマチュアの作曲家となりました。1934年には音楽団を結成し、仲間からフランシスと呼ばれるようになります。1940年には作曲の勉強のため、かつて師事した服部逸郎を頼って渡日しますが、日米戦争必至の情勢下、1941年にハワイに戻りました。 その帰国の際に、この「別れの磯千鳥」の楽譜を持っていたといわれています。したがって作曲は1941年頃となりますが、彼が1949年、35歳の若さで死去した事で詳細はわからなくなっています。 - 作詞者の情報はさらに謎です。著作権情報では作詞者は「福山たか子」とされていますが、彼女はフランシスが1940年に来日した際に出会った女子学生らしいとの情報しか残っておらず、どのような人物なのかは不明です。 また、女性ではなく男性による作詞との情報もあり、どちらなのかははっきりしません。 - この歌の情報は掲示板で大坂様よりいただきました。その際、この歌の情報を掲載している『歌は波間によみがえれ』(南條岳彦著)という本を教えていただきました。上掲の情報もこの本に拠ったものです。大坂様には厚くお礼を申し上げます。 アメリカのような様々な文化が入り乱れる国では、兵士に歌われてる歌も特定の言語に限定されないのですね。言われてみれば当然ですが、「日本語が外国で」というのは盲点でしたので大変興味深い歌です。 - [2.訳について] - [3.音源情報] 2008年4月6日更新、同年7月8日追補 |