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| 今回政府は世界歴史の一大転換期に際し、畏くも天皇陛下の宏大無辺なる聖旨を仰ぎ奉り、ドイツ及びイタリーと三国条約を締結し、世界恒久の平和と進歩との為に、協力邁進するに決したのであります。この秋に当り、不肖内閣総理大臣の要職を辱うし、顧みて責任の極めて重大なるを痛感し、ここに全国民諸君に向つて、率直に時局の真相を語り、諸君の一大発奮に愬へたいと思ふのであります。 顧みれば支那事変勃発以来既に三星霜、叡聖文武なる陛下の稜威の下、忠勇義烈なる陸海将兵の奮闘により、実に空前の戦果を収め得たのであります。しかしながら此の間、東亜を繞る関係列国の動きは益々事変の性質を複雑にし、その解決を困難ならしめてをるのであります。究極するに日支の紛争は、世界旧体制の重圧の下に起れる東亜の変態的内乱であつて、これが解決は世界旧秩序の根柢に横たはる矛盾に、一大斧鉞を加ふることによつてのみ達成せられるのであります。乃ち日本は眼前の支那事変を解決すると同時に、全世界の紀元を更新すべき絶大の偉業に参画し、その重要なる役割を分担せねばならなくなつたのであります。 活眼を開いて東亜と欧洲の現状を見れば、日独伊三国は実に各々その持場に於て旧秩序打開の為に共通の努力を続けつつあるのであります。即ちドイツ及びイタリーは欧州に於て新秩序を建設せんとしてゐるのであり、日本は大東亜の地域に於てアジア本来の姿に基づく新秩序の建設を期しつつあるのであります。 そもそも世界歴史の現段階に於て、直ちに世界を一単位とする組織の完成を期待することは出来ないのでありまして、世界の諸民族が数個の共存共栄圏を形成することは、必然の勢ひであります。而て日本が東亜に於て、ドイツ・イタリーが欧州に於て、この共存共栄圏を指導すべき立場に立つことは、歴史上より見るも、地理上より見るも、経済上より見るも、これまた必然の勢ひである。 私はかかる必然の傾向を阻まんとする処に、欧州に於ては第二次大戦の勃発を見、東亜に於ては準戦時的国際関係の緊張を示すに至つたものと思ふのであります。果して然らば、日本が独伊に協力し独伊が日本に協カし、三国相寄り相扶けて、場合によつては軍事同盟の威カをも発揮せんとするに至れる、これまた必然の勢ひであります。かく観じ来れば、われわれは今や有史以来の一大国難に直面したと云ふべきである。われわれはこの際、一大決心を以てこの国難の中に突入し、断乎として之を突破するの覚悟がなければならないのであります。 今や日本は、既に過去三年有余に亙る支那事変により、幾多忠勇なる将兵を犠牲にし、且つまた多大の国帑と経済力とを消耗したのであります。然れども非常時日本は、一面に於てこの戦時の一大消耗を賄ひつつ、猶ほ生産力の拡大と軍備の充資とに全力を注がねばなりませぬ。これがため消費財の生産は大に制限せられ、一般国民生活も著るしく抑圧を蒙るに至つて居るのであります。しかも全国民諸君が此の実状に直面して克くその困難に耐へ、相携へて元気を振ひ起しつつあることに対して、私は衷心より敬意を表するものであります。政府はかくの如き日本の社会情勢を検討し、更に緊迫せる国際関係と照し合せてこれを考ふるとき、この三国条約を締結することは、経済的にも、軍事的にも、この時艱を克服し得る最善の方策なりとの確信に到達したのであります。 われわれはかくの如き重大時局にのぞみ、肇国の精神に基づき、万民翼賛の挙国新体制を確立せんがため努力を致して居ります。この新体制に生命を与へ、その精神を躍動せしむるものは、非常時国策の実践であります。畢竟、新体制は机上の構想によりて決せず、難局打開の行動課程に於て発育し大成すべきものであります。今や日本の前途には民族の運命を賭すべき重大問題が横たはつて居る、しかもわれわれは積極的に邁進して、光明の一路を踏み開かんとするものであります。ここに於てか、千辛万苦は固より覚悟の前である。実にわが国は今や一億一心、否一億が真に一心となつても、猶ほ足らざる環境に置かれてゐるのであります。 凡そ一国が泰平無事の際には各方面自ら放漫に流るるを免れないのであります。しかしながら一たび国難来らんとするに当りては、何はさて措いても、全国民が結束して眼前の難関を突破せねばならず、そこに分派対立の余裕も、自由討論の余地もなく、一身の生活と享楽は同胞のために、個人の栄誉と利益は君国のために、安んじて犠牲に供されねばならぬのであります。非常の場合に直面して、恐れず、疑はず、奉公の誠を致すは、実に日本国民の真の姿であり、同時に、全国民をして各々その処を得しめ、その全精神を傾け、その全能率を発揮して、国事に尽さしむるは、実に非常時内閣の責任である。新体制は実に上意を下達して国民を誘導し、下情を上通して君民一体の政治を完成せんとするものであります。乃ちその処を得しむるは政治の任、その誠を致すは臣子の分、かくの如くにして始めて義は君臣にして情は父子たる我が国体の精華を発揮し得べく、新体制の理想もまた之に尽きるのであります。 政府は聖旨を奉体し、外に万全の外交方策と、内に万民翼賛の体制とを確立し、以て積極的国難打開の途に乗り出したのである。政治は国民に対しては真実を語り、その犠牲と奉公とを期待するとともに、政府もまた奮励努力、全国民に対し最低の生活と最大の名誉とを保証せんとするものであります。日本国家は非常時に際し、一人の暖衣飽食を許さず、また一人と雖も飢ゑに悩む者あらしめず、億兆その志を一にし、そのカを協せて、海外万里の波濤を開拓せねばなりませぬ。切に諸君の発奮を望む次第であります。 |
<備考> |
[1.音声について] 近衛文麿というと、五摂家筆頭・近衛家頭首で公爵など毛並みの良さがいわれる一方、期待された割には政治家としての指導力はなかったというのが一般的な評価ですね。 ちなみに近衛は京都帝大で河上肇からマルクス経済学を学んでいたという過去もあります。 <関連文献> - [2.訳について] - [3.音源情報] |