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2665年11月8日 ◇軍歌芸術論の陥穽 以下は軍歌=芸術論なんてのは無理がある、という話。 軍歌の標準的な文体である「七五調」と「角張った文体」ってのは『新体詩抄』(明治15年)で形成されたものでしょう。しかしこのこの『新体詩抄』は、詩壇ではあまり評判が良くなくて、「あんなの芸術じゃない」とか「なんでも七五にすりゃいってもんじゃないだろ」みたいな意見がありました。 こういった批判の中から鴎外の『於母影』(明治22年)、また上田敏の『海潮音』(明治38年)あたりが生まれてきたのであり、詩壇の定説ではこれらこそ日本の芸術的な近代詩の始まりとなっています。実際この二つの訳詩に比べれば『新体詩抄』なんて全て駄目だとは言いませんけど、質的にはかなり劣っていることを認めざるを得ないでしょう。 まあ要するに軍歌の文体なんてのははなっから芸術扱いされてないんですね。確かに大衆には広まりましたけど、だからといって芸術として擁護するのは甚だ難しい。すくなくともこういった出自は知っておいた方がいいです。 確かに『新体詩抄』は微妙な詩もあるとはいえ、戦争詩が多いですし軍歌好きからすれば格好いい文体ともいえるんですが、それと芸術性はまた別の次元です。 − 前から行ってますけど、芸術なんて片意地張った主張なんぞしないで「趣味!」と宣言して事足りると私は思ってる次第です。そもそも詩壇や学会に「芸術」だと認められたところでなんだというのでしょう。 - |