2666年4月26日 軍歌の勝ち組・負け組 |
| ウェブを見ていて、ドイツ軍歌は本当に軍歌の「勝ち組」だと思う。世界各国、様々な言語で紹介され、音源は豊富、趣味とする人の人種・文化も多様の極み。ドイツ人は固より、欧州人、北米人、更には日本や支那など東洋諸国まで広く流布しています。先進国は完全に制覇しているといっていい状態でしょう。
このような勝利の根源は、やはりドイツ軍歌が「趣味」として消費されている事に尽きると思います。政治思想や民族主義への共感が根にあった場合(もちろんそういう人もいるでしょうが)、かくまで世界各国に普及することはなかった筈です。軍国ドイツの遺産である軍歌の類は、こうした趣味人たちに支えられて今なお存在しているわけです。 こういった趣味的な消費はプロパガンダと通じるところがないではないので全面的に肯定しうるわけではありませんが、政治的な誘惑への警戒を持ち続けるのであれば、本来死すべきものである「軍歌」の唯一の生き残る場所となるでしょう。 - この「趣味」の視点から見れば、軍歌の勝ち組と負け組が見えてきます。ドイツ軍歌についで人気のあるロシア・ソ連モノも勝ち組として良いでしょう。政治思想として共産主義が復活する可能性はゼロでしょうが、趣味という土台の上に共産主義の軍歌が歌い継がれていく可能性は大いにあります。 逆に負け組について考えてみる時、それは多くの国に当てはまるのかもしれませんが、日本の軍歌についてはどうでしょうか。 もうすぐ日本の軍歌はすべて「コスプレ」になります。戦前世代が死滅するからです。その時、「コスプレ」である事を自覚せずに政治のうえに軍歌を基礎付けようとする場合、この行為は自縛に陥ります。現代の政治的な状況からして、極右にでも走らない限り、戦前の軍歌の総体を肯定する事はできないからです。政治に基礎を求める軍歌に待っているのは衰弱、そして廃滅でしょう。 逆に「コスプレ」である事を自覚しつつ、「コスプレ」として軍歌を楽しむのが趣味としての軍歌であり、ここにこそ軍歌の生存圏が認められるように思います。そうした時に、世界にもまた受け入れられる軍歌としての基礎が見出されることでしょう。 - ドイツ軍歌はポーランドでも受け入れられているそうです。ポーランド人はその歴史な経緯からドイツの軍歌に良い印象は持たないはずです。にもかかわらず、ドイツ軍歌は受け入れられているのです。 日本には戦後に生まれた、様々な文物をその文脈から換骨奪胎して受け入れる趣味世界が存在しています。つまりオタク文化です。趣味の基礎は極めて磐石だといえるわけです。それ故、軍歌もまたこの基礎の上に移植できるか、というのが焦点だといえると思います。 戦後60年を越え、現役で軍歌を歌っていた世代が消えつつありますが、これは一方で「終わり」でもあるでしょう。しかし我々にとっては、軍歌趣味者にとってはこれは「始まり」でもあるのです。日本の軍歌は勝ち組か、負け組か。この分岐は今はじまっているといってよいでしょう。 - |