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軍歌の定義
「宮さん宮さん」から「檄!帝国華撃団」まで
皇紀2665年10月25日更新

 以下は昔から様々な意見のある「軍歌」の定義問題を巡っての試論です。

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 「軍歌」の定義とは何かという問題は昔からありました。そしてこれに対応する形で数多の定義が生み出され、今も尚生み出され続けています。

 しかしながら私は未だ嘗てその相応しい定義をみたことが無いように思います。それらの「定義」では何らかの曲が零れ落ちてしまい、「軍歌」という名の下に集結する多様な歌曲を収め切れていません。その理由はおそらく定義の規準を「軍歌」が現役であった「過去」に求めたからではないでしょうか。私はそうではなくて、「軍歌」定義の規準とすべきはむしろ「現代」であると考えています。

 そこで以下の文章の目的は、「現代」を基準にした新しい「軍歌」の定義によって、「軍歌」という言葉のもと集結する膨大な数の歌曲を出来るだけ取りこぼさずに纏めてみようと試みることにあります。

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1.「過去」を規準とした「軍歌」定義の問題点

 「過去」を規準として定められた「軍歌」の定義に多く共通する問題点は、その「狭さ」だと思います。つまり、その定義とは現代「軍歌」の名の下にある様々な歌曲の一部を「これこそ本来の軍歌だ」として特権化し、他のものを「非軍歌」として追放してしまう性質を持っているということです。

 例えば軍歌を「当時兵隊が歌った曲」と定義して「戦時歌謡」を排除する場合や、「戦前」に範囲を限定して海外の曲や戦後の曲を外してしまうなどです。

 このような定義は「軍歌」の範囲を狭めて、ただでさえ廃滅しようとしている「軍歌」の世界を痩せ細らせてしまう効果しかないように思われます。

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2.「現代」からみた「軍歌」定義提案

 私がそれに代えて提案したいのは、大東亜戦争その他の過去の歴史から直接「軍歌」を定義するのではなく、今我々が生活している世界に基づいた定義です。

 その定義とは、軍歌を「〈戦後民主主義〉と〈消費社会〉の産物である」とするものです。ではこの定義について説明します。まず〈戦後民主主義〉と〈消費社会〉の意味合いから。

 @)〈戦後民主主義〉

 〈戦後民主主義〉は様々な含意のある言葉ですが、私が言いたい〈戦後民主主義〉とは「戦前、国家、軍隊、戦争、天皇、思想、統制、規律・・・」といった一連のものにまとめてマイナスイメージを与えた考えを意味します。或いは〈戦後民主主義〉がマイナスイメージを与えたことによって、これら一連のものの連結が出来上がったとも言えるでしょう。

 これがどう「軍歌」の定義に関係するかという理由は、今日言われる「軍歌」とは要するに「この〈戦後民主主義〉がマイナスイメージを与えた一連のものに関する歌」なのだと思うからです。

 A)〈消費社会〉

 〈消費社会〉もまた様々な意味を持ちますが、私が言いたいのは次のことです。つまり、私のような戦後かなり時間が達って生まれた世代にとっては、「軍歌」というものが先ずあってそれらが「軍歌CD」に含まれているのではなく、まさに「軍歌CD」に含まれている曲こそが「軍歌」となっているわけです。レコード店の「純邦楽」なる分類のもと並んでいる「軍歌CD」こそが、「軍歌」を決定しているのです。

 それ故、「軍歌」というものが奢侈品として消耗される社会である〈消費社会〉によって、「軍歌」の内実は大きく影響を与えていると考えられます。

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 この〈戦後民主主義〉と〈消費社会〉は互いに影響を与えつつ、今日の「軍歌」の様相を決定してきたというのが私の考えです。これらの視点から「軍歌」を定義すれば、今日我々が目にする「軍歌」という言葉の使い方に一定の明るみが得られるのではないかと思います。

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3.新定義から様々な「軍歌」の様相を検討

 では私の定義から、具体的に様々な歌について見てみたいと思います。

 先ず(狭い意味での)「軍歌」や「戦時歌謡」、「兵隊ソング」や「軍楽」などは問題なく定義におさまるでしょう。「唱歌」についても、「日本海海戦」など先の一連のイメージが関わるものについては含むことが出来ます。逆にあまりに乖離したものは排除されます。海外の「軍歌」についても問題ないといえます。

 「愛国歌」といえるような歌も含むことが可能ですし、戦後の「抑留歌」や「鎮魂歌」、また一部右翼団体の歌(例えば「民族の歌」)も可能といえるでしょう。

 更には「大日本軍歌集」が含めるような一部のアニメソング(「宇宙戦艦ヤマト」や「サクラ大戦」などのもの)も「軍歌」の名の下に収集することが可能となります。

 レコード屋にある「純邦楽」として近くにある「寮歌」も類縁として可能でしょう。逆に「雅楽」は先の〈戦後民主主義〉の与えたマイナスイメージの連関から外れすぎるのでアウトとなり、「演歌」も同じ理由で除外されます。

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4.これからの「軍歌」

 最後に軽くこれからの「軍歌」についてふれておきます。

 「正常化」というか「右傾化」というかは兎も角として、今日の日本に保守化の傾向がみられるのは衆議一致したところだと思います。そういった雰囲気の中で、〈戦後民主主義〉的なものが急速に衰退していっているといっていいでしょう。

 この現状において、おそらく先の「軍歌の定義」(「〈戦後民主主義〉と〈消費社会〉の産物である」)は解体しつつあるといっていいのではないかと思います。

 かつて「軍歌」について語るとき、基本的に共通する話題は「軍歌の地位の低さ」でした。しかし逆にそれが様々な視点から語っているはずの「軍歌」コミュニティの人々に共通点を提供していたのもまた事実です。「軍歌」とマイナスイメージは不可離のものでした。

 今も尚その残滓があるとはいえ、社会の流れの変転と共に「軍歌」もその様相を新たにし、かつては考えられなかったようなものが「軍歌」の名のもので流通するようになるのかもしれません。

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