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陸軍士官学校校歌
1922

作詞:寺西多美弥
作曲:陸軍戸山学校軍楽隊

 

収録CD:
20世紀の音楽遺産〜軍歌(2)詳細
軍歌大全集詳細

1.
太平洋の波の上
昇る朝日に照り映えて
天そそり立つ富士ヶ峰の
永久に揺がぬ大八洲
君の御楯と選ばれて
集まり学ぶ身の幸よ
・天そそり立つ・・・天高く聳え立つ。
・大八洲・・・おほやしま。日本のこと。記紀神話に基づく呼称。

・君の御楯・・・天皇の御盾である我ら軍人、の意味。「御」は天皇に対するもの。万葉集に「今日よりはかへり見なくて大君の醜の御楯と出で立つ我は」という防人の歌がある。

2.
誉も高き楠の
深きかをりを慕ひつつ
鋭心磨く我等には
見るも勇まし春ごとに
赤き心に咲き出づる
市ヶ谷台の若桜
・楠・・・単に楠の木を指すか、それとも楠木正成を指すか。正成は戦前は大楠公として三大忠臣のひとりと崇められた。また子の正行は小楠公という。

・鋭心・・・とごころ。しっかりした心。
・赤き心・・・誠心。
・市ヶ谷台・・・当時の陸軍士官学校の所在地。座間に陸士が移転したのちは歌詞が「相模ヶ原」に変更された。

3.
隙ゆく駒のたゆみなく
文武の道にいそしめば
土さへ裂くる夏の日も
手にぎる筆に花開き
星闌干の霜の晨
揮ふ剣に竜躍る
・隙ゆく駒のたゆみなく・・・「人生天地之間、若白駒之過郤、忽然而已」(『荘子』)からか。「隙ゆく駒」で馬が通っていくのが壁の隙間から見える間ぐらい短い期間をいう。それ故、この一文は「寸暇を惜しまず」という意味となるだろう。

・土さへ裂くる夏の日も・・・万葉集「六月の地さへ裂けて照る日にも我が袖干めや君に逢はずして」。暑い夏の日のこと。 
・闌干・・・らんかん。光り輝く様子。
・晨・・・朝。

4.
戸山代々木の野嵐に
武を練る声も勇ましく
露営の夢を結びては
身を習志野の草枕
水路はるけき館山に
抜き手翡翠のあざやかさ 
・戸山、代々木・・・陸軍練兵場があった。
・習志野・・・同じく練兵場所在地。なお地名の由来は、篠原国幹の演習指揮の見事さに感服した明治天皇の「篠原に習え」。

・館山・・・房総半島の南端。陸軍の基地があった。
・抜き手翡翠のあざやかさ・・・「抜き手」は泳法の一。「翡翠」(ひすい)はここでは海の青い事をいう。それゆえ「水泳訓練をする海は青く美しい」という意味になる。

5.
学びの海の幾千尋
分け入る底は深くとも
立てし心の撓みなく
努め励みて進みなば
竜の顎の玉をさへ
いかで取り得ぬことやある
・幾千尋・・・いくちひろ。学問の深さを海の深さにたとえる。

・竜の顎(あぎと)の玉をさへいかで取り得ぬことやある・・・「獲得が困難を極めるものであっても、[努力を積めば]手に入らない事はない」の意味。『竹取物語』に「龍の頸(あぎと)の玉」という話がある。

6.
思へば畏こ年毎に
行幸ましつる大君の
玉歩の跡も度しげく
賤に交じりて皇子の
学びまししも我が庭ぞ
(今も親しくおはします)
実に光栄の極みかな
・年毎に行幸・・・天皇は陸士卒業式に毎年出席していた。
・玉歩・・・ぎょくほ。天皇のお歩きになること。
・賤・・・しづ。卑しい我ら臣民。

・皇子・・・すめみこ。皇族男子は英国に倣い、陸士か海兵に入学する事になっていた。ただし校内では特別待遇であった。
・学び〜(今も〜)・・・皇族が在籍していた場合は「今も〜」と歌い、そうでない場合は「学び〜」と歌った。

7.
いざや奮ひて登らばや
困苦の岩根踏みさくみ
理想の嶺に意気高く
鍛へ鍛うる鉄脚の
歩毎聞かずや誠心を
国に捧ぐる其の響
・聞かずや・・・反語。聞こえるだろう、の意。
8.
ああ山ゆかば草むすも
ああ海ゆかば水漬くとも
など顧みんこの屍
我等を股肱とのたまひて
いつくしみます大君の
深き仁慈を仰ぎては
・山ゆかば、海ゆかば・・・言うまでもなく万葉集から抽出した「海ゆかば」(大伴家持)を踏まえる。ただし、この歌詞では「山」が先になっているのが面白い。

・股肱・・・手足。「朕は汝等を股肱と頼み…」(軍人勅諭)を踏まえたもの。
・仁慈・・・めぐみ

 

<備考>

[曲について]
 1921年、開校記念日を610日に移すに際し制定された陸軍士官学校の校歌です。詩は当時の在学生からの公募で、審査の結果、36期生・寺西多美弥の詩が選ばれました。寺西はのち、加藤建夫の上司となる航空将校です。

 彼の「大瀛の波清く寄せ」で始まる詩は、翌1922年に全面改訂され、上掲のよく知られる歌詞に変わりました。従って、「寺西作詞」とするのはやや不正確かもしれません。

 この校歌は、陸士の所在地が遷るに及び何度か改められています。例えば、「市ヶ谷」の部分が「相武の台」になったり、「振武の台」になったり、などです。

<参考文献>
・八巻明彦 『軍歌歳時記』 ヒューマンドキュメント社戦誌刊行会、1986年、104-107頁。

 

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